2018年12月17日月曜日
三章 四十三話 祝杯と問い キャロル15歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります
馬車に揺られて、夕暮れ時の王城に向かう。魔物と対峙したあの冬から季節は、春が過ぎて夏を迎えていた。私も、もう15歳。あの日、自信と歓喜に溢れた心に、はっきり落とされた疑問。あれから、ずっとルナを目で追ってきた。そろそろ、問いかけるべきかもしれない。
「時が経つのはあっという間で、すっかり昔の事の気分です」
柔らかい背もたれに体を預けて呟けば、ジルが苦笑いを返す。今日のジルはいつもの従者の制服ではなく盛装に身を包んでいる。綺麗な琥珀の髪に未熟なオリーブの瞳、涼やかな顔はその辺りの貴族より余程、気品がある。
今夜は、政治的な事情で遅くなったあの日の祝杯を、城で全員で上げる。
「ジルと同じテーブルで祝杯を上げられるのは、嬉しいです」
祝杯と問い キャロル15歳
ジル、ユーグの従者、ルナの従者は庶民だった。貴族と庶民。あの場にいた全員が同じテーブルについて祝杯を上げるのは、あり得ないことだ。でも、実力主義を推す現国王は、アレックス王子の希望を受け入れ、国策の側近は好機と捉えた。
身分なくテーブルにつく事実は国王主催では衝撃が大きく、一貴族の行動では意味を持たない。王太子が非公式で取り仕切る舞台は反発を抑えつつ、目指す旗を周囲に気付かせるには丁度良い。駆け引きと根回しに時間はかかったが、本日開催となった。
「ジル、騎士推薦のお話は本当にお断りしても良いですか?」
戦いの後、ジルは従者では惜しいと、ギデオンから騎士団へ推薦する話が出た。望めばギデオン自ら後ろ盾になり、実力者の筆頭として今後の為に育てるとまで言われた。
どうせ答えは決まっているだろ? 笑いながら父には今日返事しておけと言われた。
「私の気持ちは変わりません。もちろん、従者を続けさせて頂いてよろしいですか?」
「もちろん! ずっと一緒でいいんですよね?」
「ずっとお側にお仕えし続けてよろしいですよね?」
二人で笑いながら、言葉遊びのような問答を続ける。普段は従者台に立つジルと馬車の中で、顔を合わせていると不思議な気分になる。ジルなのにジルじゃない感じ。いつもと違う服装で本当の家族? 兄? 普段いない場所いてくれる居心地の良さに、城までの道は瞬く間に過ぎていく。
城について夕日で赤く染まる中庭を歩くと、中央の石畳で手を振る人影を見つけた。
「子狸ちゃん!こっち!! おぉ、ジルは一段と男前だねー」
手を振ったのは国政管理室のギスランだ。珍しく手に書類を抱えていない。国政管理室の人たちは、働きすぎで帰らなくて良いのかと、父上に聞いたことがある。独身で帰りたくないだけだと返ってきた。その証拠に恋人ができると、彼らは大量の仕事を本気で片付け夕暮れには帰宅する、別れるとまた帰らなくなるらしい。
「こんばんは、恋人ができたんですか?」
「子狸ちゃんは直球だな。そんな事ばかり室長は教えるんだね! 恋人じゃないけど、気になるご令嬢の舞踏会に呼ばれてまーす」
いつもより丁寧に手入れされた髪型と服装に、健康の為にも成功を心から祈る。
大切な舞踏会なら遅れたくない筈なのに、私を待っていた理由を首を傾げて促す。
「話が早くていいね。室長は言わないだろうから、僕から教えておくね。今日の祝勝会は、最初の炎だよ。非公式とはいえ王太子が自ら祝杯に庶民を加えるんだ。ぼんやりしか考えてなかった輩も、国が目指す形に向き合い始める事になるだろう。まぁ、狙ってやってるから準備はしているけど、火加減は難しい」
私は頷く。機会を逸した実力のある者は、今日に希望を見るだろう。でも、身分を頼って甘い汁を吸ってきた者は、小さな火がいずれ我が身を焼くことを思うはずだ。
「反対する者は、改革が動き出す前から潰せる機会を狙う。段階を踏んで小さく抑えるけれども、爆ぜる瞬間は必ずある。子狸ちゃんとジルは参加する以上、頭に入れておいた方がいい。あ、でも僕が言ったって室長に内緒だよ?」
頷いて礼をいう。ヴァセラン侯爵も父上もクロードと私に情報を落とさない。情報漏洩を恐れるからか、家族を煩わせないためか。私達は自分で掴んで来いと受け取って、それぞれのフィールドに足を運んでいた。私のフィールドは国政管理室、お菓子を大量に運んで今日に繋がる。情報ついでに気になる名を聞いておく。
「ジルベール・ラヴェルはご存知ですか?」
ギスランの目が僅かに光る。バスティア公爵は欲望に忠実過ぎてわかりやすい。気に入らなければ全力で排除するけど、満足していれば害はない。有名な人だから情報も溢れている。でも、ジルベール・ラヴェルは情報がない。甥のドニですら一族で彼が強い力を持つ程度しか本当に知らないのだ。
「どこで拾ったのかな、その名前? 」
ギスランの空気が変わったのが分かる。私が誤魔化して情報を引き出せるほど、本気のこの人たちは甘くない。下手に隠し事をするより、白旗をあげる事にする。
「ジルベールの甥のドニ・ラヴェルが同級です。ドニはジルベールからバスティア公爵子息に近づく様に言い含められています。バスティア侯爵に近づきたいなんて悪意しか思いつかなくて、クロードと気にかけていました。あ、ドニはいい子だから、変な意味で近づいたりはしていません」
「ああ、ラヴェル家の天使の歌声の子だね。あの子は確かに素直そうだね」
笑顔を浮かべて、手に乗る小さな箱を渡される。なんですかと聞けば、魔法具で声が録音できるという。魔力が音に反応するから、何かに隠して一週間ぐらい泳がせると良いと笑う。
「ドニ君に渡して、時々回収して聞かせてもらいなよ。素直な子ならきっと色々な情報を拾ってきてくれるよ? 得た情報は貸し賃がわりに僕らにも流してくれると嬉しいな」
彼らもジルベール・ラヴェルを警戒しているのは間違いないだろう。
私はドニを騙したり、駆け引きしたくない。大事の前の小事。何かを守るための犠牲。自分の甘い認識と傲慢さはユーグの時に知った。でも、友に嘘をついた後悔だって、たくさん知った。後悔しないために、散々泣いて迷った答えに友達を選ぶ。
「ドニは友達なのでお返しします。殿下から正式な命令があればやります。でも、違うなら友を裏切る真似はしたくありません。ドニは何か気づけば、きっと相談してくれると思っています」
目を僅かに細めて私を計る。それから、ふふって笑いだす顔はいつもの明るいギスランだ。薄暗くなった空の中で、半分になった夕日はまだ赤い光を放つ。
「清廉でまっすぐで青春だよね。僕もあったんだよー。最近すっかり腹黒くなってるから、ごめんね? きっと君たちは何かを疑ったり、欺くのにはまだ早い。信じれるものを信じて、築けるものを築く方がずっといい事だと思う。だから、お兄さん大失敗!」
ちっとも可愛くなく舌を出す大人の言葉は、沈む直前の最後の夕日みたいに暗闇に負けない光を心に残す。
頭を撫でて、楽しんでおいでと襟を正しながら笑う。背を向けて手を振るギスランはちょっと素敵なお兄さんだ。離れて、振り返る。
「あ、お詫びにその箱はあげるから!」
駆けだした背の裏側の腹は黒い。暗い空の下で渡された魔法具は返すことなく手元に残った。
「ちょっと素敵なお兄さんと思って損をしました。騎士は剣が強くなければ前線で戦えないように、文官の彼らは計算高くなければ戦えないのでしょうかね」
使うか使わないは私しだい。持ってるだけなら裏切りではないと思案する私の手からジルが箱を攫う。
「お預かりしておきましょう。魔法具をいじるのは嫌いじゃないんです」
縋っていると言った人は、いつも傷つかないように先回りしてくれる。私の方がやっぱり甘えている。暗い空に今度は星が瞬き始めた。
舞踏会の控室として使われる小さい広間が今日の会場で、近づくと明る声が聞こえだす。室内に入るとディエリ、カミュ様、アレックス王子以外は揃っていた。
始めにギデオンを探して、ジルは騎士に戻らないことを伝える。
「そうか。惜しいな。王命で無理やり戻したい程の人材なのにな」
「申し訳ありません。ジルは望んでおりませんし、私もジルが必要です」
ギデオンの目がジルを見る。主の言葉が本人の意志なのかを問う眼差しに、ジルが従者として礼を返す。
「仕える主を見つけてしまっている人間に何を言っても無駄だな。ノエル殿は殿下につくならば、主と共によく務めるといい」
笑うギデオンに改めて感謝を伝える。どこかのお兄さんと比べて潔い大人の対応だ。
ドアが開く気配に振り返ると、ディエリだった。顎を少し上げて見下すような目はいつも通りで、顔色も明るくて元気な事に安心する。戦いの後はいつもより長く、学園に戻らなかった。それでも、抜群の成績を維持するディエリは本当に凄いと思ってる。でも、私を見つけて嘲る様に唇をあげるのも相変わらずだ。
「王太子殿下、ラ・ファイエット大公ご令息、ご入室されます」
ディエリが来るのを待ち構えていたように、下僕が王族の入室を宣言する。
クロードとユーグが手招いて、私は二人の間の席に収まる。隣には座らないと宣言していたディエリは向かいにいた。隣より顔が見える状況に、目があったら思いっきり微笑んでみせる。予定通り嫌な顔をされたけど、たまには小さな仕返しもいいだろう。
「ねぇ、ねぇ、お酒がいっぱいだよ」
クロードの向こうでドニが声を掛けてくる。通常の会食と同じ形で整えられているが、壁際にはあり得ない程酒樽が並んでいる。
「まぁ、祝勝会だしな」
「お酒は人を惑わすって言うから、興味があるな」
この世界のお酒に解禁年齢はない。私たちも飲むことはできる。でも、共通学科を終えて嗜むのが一般的で、出されても礼儀として一口含む程度だ。
王族参加だから羽目を外す事はないと思うけど、飲み切れない量にはやや不安を感じる。
ドアが開いて、アレックス王子とカミュ様が入ってくる。非公式の筈なのに、飾り紐まで統一した晩餐の盛装だ。全員が身分に関係なく晩餐の盛装に身を包む非公式の宴は、未来への小さな宣言であることをはっきりと示していた。
胸を張って、最初の火を灯す私の大好きな未来の王。日々人を惹き付ける威厳を備えていく。席まで来ると、グラスを掲げる。
「よく集まってくれた。祝杯をあげる日が遅くなったことを、まず詫びよう。ワンデリアの中規模崩落ではよく厳しい戦いを耐えてくれた。誰一人欠けることなく勝利できたのは、我々の力だったと誇りたい」
そう言って、綻ばせた顔に皆が笑う。あの日、その声と振る舞いで、14歳の未来の王は私たちを率い続けた。なのに、彼じゃだめなの、とルナは言った。
「共に戦った戦士よ! 自由に祝杯をあげるといい! 我々の勝利を祝って!!」
高らかに全員の乾杯の声が響く。
前半は和やかに王城の料理に舌鼓をうつ。あの戦いをそれぞれ振り返り、称賛や反省を口にする。
「殿下とクロード殿はその辺りの正騎士より上です。ノエル殿とディエリ殿もすぐ使える。騎士専科に進んでください!」
肉料理をさばきながら、スカウトに余念のないギデオンの目は真剣だ。私は騎士専科ではなく文官専科の予定だとは言い出せない。
「カリーナとルナもよく頑張りましたね」
カミュ様が二人の令嬢を褒める。微笑んで返すカリーナの隣で、両手でグラスを抱えたルナがくしゃりと笑顔を返す。
「ルナの最後の魔法は初めて見たのだが?」
アーロン先生が首を傾げる。目の前で描かれた見た事のない文字の術式。色々調べたけど私には見つける事ができなくて、キャロルの名前でユーグに手紙を書いた。見た事のない術式だから調べて欲しいと。答えはまだないけど、図書館の奥にこもるユーグを見かけたから、彼の力を信じて待つ。
「慌てて壁の術式を書いたのですが、何カ所か間違えておかしな魔法になったんだと思います。失敗にならず運が良かったです」
「失敗の中に成功はある。ねぇ、ルナ演習場でもう一回挑戦してみない。付き合うよ。すごく興味があるんだ」
ユーグの誘いにルナが嬉しそうに頷く。ルナは今は決して私に視線を向けない。私が見た筈なのもわかっていて、壁の術式と嘘をついてるから。
「ユーグも随分面白い術式を書いていたそうだな?」
料理を切り分けるビセンテ先生の目は褒めていない。僕式改術式と艶やかに笑うユーグに、ちゃんと新しい術式はレポートを出せと叱る。先生はユーグに目をかけてる。きちんと許可を受けないと危ないとその身を案じてお説教をつづける。
「ドニの歌声は元気を貰えた」
ドニの声が好きなクロードの言葉に皆が笑う。厳しい戦況の中で、時折耳に届く術式を刻むドニの歌声は励ましになった。あの日のドニの歌には、負けない気持ちが乗せられていたのだと思う。
「ラザール様を私、少し見直しました。商売の話ばかりだと思っておりましたのに」
ラザールは目敏く戦況の変化を殿下に進言していたそうだ。術式を書き続けるラザールの代わりに、伝言に走ったのはカリーナだった。嬉しそうに顔を赤くするラザールに微笑むカリーナはとても美人だ。僅かに恋が芽吹きそうな気配に、頑張れラザールと心の中で声援を送る。
「でも、ノエル様が一番私には素敵でした。魔物と対峙した時は心配でしたが、凛々しくて……」
呟いて顔を赤くするカリーナと冷やかす声に、私は飲みかけのスープでむせないようにする。いつもの事だと目顔で語り肩を落とすラザールには申し訳ない。
正式な晩餐の盛装で着飾りながら、身分の隔たりのない会話の飛び交う楽しい晩餐。食事も配慮を重ねて自由に楽しめる工夫がされている。かつていた世界の日常に似た空気はとても楽しい。この空気が色々なところで見られるのなら、それは素敵なことだと思う。
食事が終わると、殿方のお邪魔になりますのでと言って、カリーナとその従者が席を立つ。丁寧に辞去の口上を述べ、殿下に一礼して退出する。退出前にカリーナがルナに微笑んで、ルナが微笑み返して頷く。
表立って親しくすることはないけど、最近のルナとカリーナは姉妹のみたいだ。いつも少し先にカリーナが、どうするかを笑顔と行動でそっと教える。それをルナが笑顔で頷いて真似をする。
カリーナを真似たルナが退席したのを、少し間をおいて追う。
「ルナ」
人のいない暗い中庭で追いついて声を駆ける。遠くのざわめきは宴の声だろう。振り返るルナが私を認めて、僅かに顔を強張らせる。ジルとルナの従者に人払いを告げて、相対する。
「何の御用でしょうか?」
世界とシナリオ。重なることと、重ならないこと。始まりと、きっかけは同じ。でも過程と答えは、同じとは限らない。ゲームにない事実。何故、どうして、はっきりした答えはまだない。
でも、シナリオは断片だけの物語。私の出した小さな答え。そしてルナはその答えの全てを知っている気がしていた。踏み出そう。何かが起こるとしても、今なら私は頑張れる。
「ルナ、貴方はどこまでを知り、何をしたいのですか?」
曖昧な問いかけは狸の十八番だ。表情や仕草で相手の思う通りに曲解してもらう。
三か月何度も私とルナの視線が交わった。いつか私が尋ねることをルナだって気づていた筈だ。だから、ただ固い表情のまま見つめ返す。
「何のことですか?」
「貴方を見ていました。私と貴方の間で交わされた事実に心当たりがあるはずです」
答えるのは事実だけ。それでも、目が合えば逃げるように逸らした彼女には戸惑いを生むはずだ。
ゲームならヒロインという選択肢のある特別な存在に割当たっているルナ。重なる事実にいつも必ず彼女がいる。そして、変わりゆく事実の中で彼女だけがシナリオを追い続けていた。
「私は……ただ皆と仲良くなって幸せになろうとしているだけです。なぜそんなことを聞くのですか?」
瞳の奥が揺れている。でも、その揺れにある気持ちなんだろう。
答えず、彼女の答えを待つように見つめ続ける。確信があるふりで揺れずに見つめて、先に大きく揺らいだのはルナの瞳。ごめんね。ルナも苦しそうだから教えて。
「……ノエル様、教えてください」
揺れる瞳を零れるほど見開いて、私の腕を縋る様に掴む。瞳に溢れてるように涙がたまり始める。
「大切なものを守ると約束したら、貴方はどうしますか? 大切なものを守りたい、と思ったらどうしますか?」
零れそうなところで止まる涙。今抱えて守っているもの、これから守りたいものが私の胸をよぎる。
「どんなことをしても守ります」
「私もです。答えがダメなら、どんなことをしても変えたいと思いますよね? でも、守るために頑張っても、同じように私にはできない!」
溜まる事も出来なくなって一滴の涙が落ちる。
誰かと同じようにできないと、彼女が苦しむのはゲームのシナリオ? 恋をするゲームのシナリオを必死に求めるとは思えない。それにダメな答えって何?
「できないなら? 私にできることはありますか?」
慎重に言葉を選ぶ。ルナに明かしたくない境界線があるのは分かった。それを踏んだらルナはきっと口を閉じてしまう。
「ノエル様は生きていて下さい。もっと、もっと強くなって生きていて。貴方がいて私は嬉しかった」
また、ルナは私が生きていることが難しいような言葉を紡ぐ。
「わかりました。もっと強くなって、生きます」
ルナが安堵するように笑う。
私に生きて強くと望むなら、強いアレックス王子はどうなの?
なぜダメだと言うのか。もっと強くなればいい? 違うアレックス王子への言葉は、私と違うところにある筈だ。
「ルナ、貴方は知っているんですよね?」
開きかけた口を閉じて、首を振る。
「……運命に足掻いているんです。幸せにするって決めたから、後悔しないと決めました」
ルナの言葉に自分が重なる。涙を流しながらも決意を秘めた強い瞳の色に私が言葉を飲み込んでしまう。
聞きたいことはたくさんあるのに、私自身の秘密と重なる思いが質問を問う事を迷わせる。
その寸の間にルナが私の腕を離す。慌てて紡いだ言葉は大切な人の事。
「何故、アレックス王子はダメなのですか?」
諦めたような笑顔は悲し気で、次の言葉が彼女の望みじゃないのは分かった。でも、聞きたくなかった答え。
「今のアレックス王子には愛しい人が必要です。私、アレックス王子を愛そうと思います。出来ることをするしかないんです。変わらないもの、変わるもの。目の前にあることしか人は何もできない」
言葉を失う私の前で、ルナが令嬢の礼をとる。顔を上げる事無く辞去の言葉を述べる。
「色々上手くいかなくて、八つ当たりです。私は皆さまと同じ幸せの為に迷う娘です。どうか戯言はお忘れください。失礼致します」
逃げるように従者を連れてルナは走り去る。
立ち竦む私に向けられるジルの問う視線に首をふる。
混乱する言葉と思いは、落ち着けと自分に言い聞かせても、ぐるぐると輪をかくように回り続ける。
何をどうしたらいい? 愛するって?
混乱する私の頬を優しい手が撫でる。
「秘密ごと、私は貴方を守れば宜しいですね?」
ジルが唇に人差し指を当てて秘密と示してから、両手を広げてくれる。懐かしいその動きは、私が我慢してる時こっそり抱きしめてくれる合図。無条件の愛情に飛びついて、いつもの場所でいつものように頭を撫でてもらう。その肩に頭を乗せて、お日様の匂いに包まれる。
ルナ、またいつか彼女と話さなきゃいけない。でも、もっと、もっと考えて、答えを見つけないと。
それに、望んでいないのにルナが愛すると宣言した私の初恋の人。私は一体どうしたらいい?
息苦しくてジルの上着をぎゅっと掴む。背中を柔かく撫でるように叩くリズムに呼吸を整える。
大人になったのに、気づけば泣きに戻る場所。私と同じ言葉で運命に足掻くルナに、戻る場所はあるのだろうか。
帰ってきてはいけないと言い聞かせたと言った神官様の声を思い出す。
落ち着いてから会場に戻る。既に大人達が浴びるようにお酒を飲んでいて思わず顔が引きつる。酒樽がすでにいくつか撤去されていた。
「ジル、こっちだ。ここにすわれ!」
ジルを呼ぶのはギデオンだ。ゆっくり楽しんでと、送り出す。心配げに離れたがらないのを、護衛騎士が引きずる様に連れていった。
あちこちで椅子を向かい合わせて話す友を見て回る。微妙に赤い顔をして普段と違う様子に笑って、私は私を取り戻す。戻る場所、元気をくれる場所がある私は幸せだ。
ディエリとジルとギデオンと二人の護衛騎士が輪になって語る。見下さずにまっすぐな目でディエリがジルに真剣に何かを聞いて頷く。
その横でクロードがアレックス王子の従者と護衛騎士と肩を組んで盛り上がる。
ラザールの従者はアーロン先生と静かに語り合う。
ユーグの従者はユーグとビセンテ先生と何かを紙に競うように書いている。その紙をカミュ様の従者が一生懸命読む。
ラザールと護衛騎士とディエリの従者はドニの歌声に泣いている。
今宵一夜、明日はそれぞれの立場に戻る。でも、これは未来図だ。夢でも幻でもなく、いつか叶えるこの国の未来図。私もそこで何かができるだろうか?
腕を引かれて、振り向けばアレックス王子が怒った顔をしている。
「遅い。戻ったなら、私の元に君は一番になぜこない?」
「すみません。皆が酔ってて面白かったので」
顔を見るとよぎる言葉が怖くてとは、言えない。
楽しいか? と顔を綻ばせるアレックス王子にそのまま腕を引かれてテラスに出る。手が熱い。アレックス王子の手は私よりもっと熱い。この体の熱さには夜風が気持ちいい。
「君にずっと聞きたいことがあった。迷っていたけど今日こそ聞かせてもらう」
振り返った紺碧の目が真剣に私の瞳を見つめる。多くの問と答えにさらされた今日の、最後の問いと答え。
「あの戦いでつながった。君は女の子を何故隠す?」
夜風が私の銀の髪を攫う。月に照らさた殿下の金の髪を同じ風が攫う。
ルナの言葉と私の選んだ未来。揺らぎながら、私は答えを探す。
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