2018年10月17日水曜日
プロローグ ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります
さあ、幕開けです!
鏡に向かって、十歳のお披露目に用意された盛装に身を包んだ姿を確認する。
飾り紐はこの国で有数の名家である候爵家を示す青。盛装のジャケットの家紋が彫りこまれたボタンは銀細工で出来ていて、一目見ただけで最高の品だと分かる。男子のみに許される腰の剣は、息を飲むほど美しい。それを二本差す姿はきっと目を引く。
軽く頭を振って、整えられた短い銀の髪を揺らす。
鏡に映る姿は少し線の細い男の子。私を見て、令嬢と思うものは誰もいないだろう。
今度は、左胸に右手を当てる。微笑む口元に僅かな自信を漲らせてから口を開く。
「はじめまして。ノエル・アングラードです。お会いできて光栄に存じます」
ゆっくりと優雅に腰を折る。後ろに回した左手の指先まで意識した挨拶は完璧だ。
次は、右膝を引いて跪いて右手を差し出す。この時の笑顔は、優しく甘く相手を見つめるようにする。
「アングラード侯爵家、嫡男のノエルと申します。ダンスのお相手をして頂けますか?」
無事に令嬢が手を差し出してくれたら、指先にキスを落とす。だけど、流石に少し恥ずかしい。
僅かに赤くなった頬を抑えて立ち上がると、鏡の中の自分をもう一度見つめる。
鏡に手を伸ばせば、鏡の中の子息姿の自分も手を伸ばす。指先を合わせれば冷たい鏡の温度が、体の火照りを冷ましてくれる。
誰から見ても立派な貴族の子息として振る舞えていた。
緊張しなくていい。怯えなくていい。堂々と胸を張っていけ。
心を落ち着かせて、そっと目を閉じる。
去年の今頃、私はまだ長い髪にドレスを着た少女でキャロルと呼ばれていた。
そして……もっと昔、生まれる前には別の世界で黒髪に黒い瞳を持つ美都という女性だった。
女性、女の子、男の子。
最初の私で別の世界の美都と呼ばれた私は、恋愛シュミレーションゲーム「君のエトワール」が大好きだった。
そのゲームは中世風の魔法のある異世界で、勉強、運動、教養など様々なパラメータをあげながら、王子様や少し癖のある貴族の青年と王立学園を舞台に恋をする。
きらきらした完璧な王子様、優雅な美貌の大公子息、冷たく周囲を見下す公爵子息、未来の騎士団長である侯爵子息、芸術を愛する伯爵子息、研究に明け暮れる探求者。
ゲームの中には、ヒロインをいびる高慢な悪役令嬢も出てくる。ヒロインが結ばれると、度重ねた悪事が露見して、魔物の出る領地に追いやられ消息不明になる。どのキャラクターとエンディングを迎えても悪役令嬢の未来だけはいつも絶対に変わらない。
美都であった私は、事故で短い生涯を終えてしまう。
そして、生まれ変わったのはキャロル・アングラードという名の銀髪の少女。
この国有数の侯爵家の一人娘で、父上は未来の宰相の呼び声が高く、母上は社交界で二つ名のつく有名な美女。
誰から見ても順風満帆で幸せな令嬢の日々は、八歳で突然終わりを迎える。
キャロル・アングラードが「キミエト」の悪役令嬢だと思い出したからだ。
昨日まで幸せな未来を思い描いてたのに、突如突きつけられた悲惨な未来。
どうして神様は私を、ヒロイン……いや、モブ、悪役令嬢以外の誰かにしてくれなかったのだろうと嘆いた。
でも、落ち込んでばかりではいられない。未来を知れたのは私にとってチャンスだ。
私は悪役令嬢回避の為の努力を始める。
まずは、パラメーターに関わりそうな作法、勉強、体力づくりを頑張った。魔物の出る領地も改善に着手した。いざという時には自分の身は自分で守る剣術も覚えた。
やる事は全てやったと思う。
でも、それで未来を回避できる可能性はどのぐらいあるのだろう?
キャロルでいる限り、未来を回避できる保証なんてどこにもない気がした。
なら、確実に回避する為にどうしたらいいか?
この国は十歳までは子供は公にされない。今なら私が女の子で、キャロルという名だと知るのは両親と僅かな者のみ。
だから……悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります!
悪役令嬢キャロル改め、侯爵子息ノエル・アングラードとして私は生きる。
扉がノックされて、鏡から手を離すと両手て頬を叩く。
「運命に抗ってみせましょう!」
自分を一喝してから、入室を許可する。扉を開けた私の従者ジルが、一礼して出発を告げる。
「キャロル様、馬車の用意が整いました。ご準備は宜しいですか?」
「ジル。私の名前はノエルと呼んでください!」
これから出会う人達は、キャロルという名の悪役令嬢を知ることはない。
「では、行きます!」
令嬢とは違う少し大きな足取りで歩き始める。
今日を終えたら、後戻りはもうできない。
ヒロイン、攻略対象達、ゲームに登場する人物、それだけじゃない。この国の全ての人を欺いて現れるのは、侯爵子息ノエル・アングラード。
この国を巻き込む、私と運命の大勝負。
悪役令嬢が消えて、見知らぬ侯爵子息のいる新しい未来が今日から始まる。嬢はやめて、侯爵子息になります。
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