2018年10月29日月曜日

短編 ★ 雪の日に……撮る? 撮られる?




 今年、初めて雪が街を包む。

 漸く雪が止んで、朝陽が昇り出す前の街はまだ静か。
 だから、黒と白の世界には僕の足跡だけが残る。

 それが楽しくて、何度も振り返りながら何処までも歩く。
 でも、小さな丘がある公園には先客がいた。

 小さな足跡を、塗り替えるように踏んで歩く。

 茜色の朝焼けに染まり始めた白い世界に、頼りない背中が見えた。

 彼女の名前を僕は知っている。
 学校で時々すれ違う事があるからだ。

 話したことはないのに、目で追うようになったのは何故だろう。

 花壇の花をカメラ越しに見つめる眼差し。
 シャッターを押す細い指。
 撮影の出来映えが、すぐに浮かぶ素直な唇。

 小さなアクシデントに見せる笑顔。

 いつからいたのか。今日の彼女は白い雪を頭にのせてる。

 白い吐息が柔らかな弧を描いて、凛とした朝の空気に消えていく。

 雪の下の小さな枝を踏んだ音が、静寂の中で彼女に合図を送る。

 朝陽の中で、カメラから目を離した彼女が僕を見た。

「おはよう? 貴方の事、知ってるわ」

 小さく小首を傾げると。頭から雪が更々と音をたてて落ちる。

「おはよう。僕も君の事を知ってる。今日はいい写真がとれた?」

「うん。最高の一枚が撮れた」

 目眩がしそうな笑顔を彼女が浮かべて、僕の中の何かを溶かす。

 親指と人差し指で作った即席の心のカメラで彼女を撮る。

「何それ?」

「心のカメラ。 僕もカメラを持ってくればよかった」

「撮る人なの?」

 その言葉に首を傾げる。
 カメラに興味はない。
 ただ、君のいる景色を切り取って見たかっただけ。

「撮らないかな?」

 彼女を不満そうに頬を膨らませる。

 白い朝の光と白い雪の世界。
 遠くで動き出す街の音が音が聞こえ出す。

 毎日は、ただ変わらない。だけど、今日みたいな特別が時々起こる。

「突然だけど、君が好きなんだ」

 真っ赤な顔で彼女は、僕に向かってシャッターをきった。


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