2018年12月12日水曜日
三章 四十話 講義と世界 キャロル14歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります
なぜ? ルナが手にしているレポートの見慣れた癖のある文字はユーグの字だ。たった一日で進む物語に驚愕する。
「ノエル。戻ったのか?」
低い声に呼ばれて、振り返るとクロードがこちらに向かって歩んでくる。その後ろには、主管講師アーロン先生の姿も見えて、詳しく尋ねる時間がないことを知る。
「久しぶりです。クロードは昨日から戻ったんですか?」
「ああ。昨日から、カミュ様とユーグと一緒だった」
「僕も昨日からだよー」
攻略キャラクターの殆どが昨日から学園に戻っていたようだ。多分、ルナも同じなのだろう。
不在のゲーム初日で発生したイベントはクロードだけなのだろうか? だとしても、イベント初日で王族が関わったレポートを貸し借りする程に仲良くなったのか?
聞きたいことがたくさんあった。ルナがクロードに丁寧にお礼を言ってレポートを返しとたころで、ブレーズ先生の講義を開始するという声があがった。
「さて、皆さま。本日で生徒が揃いました。今日は、頑張って魔法までいきたいですね。でも、初めは魔力を動かす練習からです。全員が合格レベルに達したら、基礎魔法になるので頑張ってくださいませ」
アーロン先生の言葉で、先に学園に戻って魔力を動かす練習経験があるものが取り掛かる。両手を向き合わせて、手の間にそれぞれの魔力を出す。クロードの手には水が渦を巻いて、ドニの手には風が楽しそうに踊る、ルナの手には柔らかい光が点滅した。
「では、ノエル様は本日が最初なので、一緒にやっていきましょう」
私の元に来て、個別にアーロン先生が説明してくれる。
魔力と魔法は役割が異なるらしい。アーロン先生は魔力は体の一部であり、魔法は道具のようなものだと言う。
手を伸ばすことが自然にできるように、魔力は体の一部で自由に動かせる。ただ、手が届くのに限界があるのと同じで、魔力にも動かせる限界がある。剣を手にして強くなるように、魔力に魔法という知識を乗せてより強い力を発揮するのだと言う。
魔力量は少ないと扱うのが難しくなる為、先に学園に戻っていた者はずっとこの基礎練習漬けだったそうだ。そう言われて見ると、練習に取り組む者の表情には違いがある。余裕がある者、かなり苦しそうに扱う者。
「ノエル様も、周りの者と同じように両手を向き合わせてください。手と手の間に自分の中にある魔力を少しずつ流していきます。エトワールの泉で小瓶に魔力を流したのと同じ感覚です」
頷いて、私も手と手を向き合わせる。初めて魔力を扱う事に胸が高鳴る。あの日から体の中心に渦を巻くようになった真黒の靄を腕を伝って外に出す。すぐに手の間に黒い靄が出来て渦を巻いた。
できた! と思った瞬間、私の喜びに合わせるように靄が一気に増えて渦のスピードが速くなった。慌てて大きくなりそうな靄を押し込めて、速さもゆっくりと安定させる。
「大変よく出来ております。手を握ったり、開いたりするように。魔力も小さくしたり、大きくしたりしてみてください」
意識して、大きさを変えていく、大きくして、小さくして。動かし始めに少し渦の速度が上がるのは私が強く意識しすぎているせいだ。
「動かし始めが少し不安定ですが、初めてでこれなら素晴らしいです。今度は形を変えましょう。右に偏らせて、左に偏らせる」
アーロン先生の指示通りに次々と形を変える。繰り返すうちに渦のスピードが変わることなく自然と私の意志どおりに変わるようになった。魔力は手足と一緒という感覚が分かってくる。
「それでは、両手ではなく片手で制御してみてください」
片手を下ろしても、黒い靄の渦は形を乱すことなく回り続ける。満足そうにアーロン先生が目を細めて頷くと、教卓の前に戻った。
「ここから皆さん初めての練習になります。魔力でその場に絵を描いてください。慣れるまで集中力と制御力が必要な作業です。これが全員一定のレベルに達したら、基礎魔法についてお教えしましょう」
人差し指で魔力で線を引いてみる。軌跡を残すことに少し意識が必要だ。それでも指の動いた通りに黒い靄が空中に線を残す。さて、何を書こう。そういえば、絵を描くのは随分久しぶりな気がする。
横を見れば、クロードは剣を書いていて思わず笑みが零れる。ドニをみると繊細な線で息を飲むほど綺麗な花を描いている、ずっと小さな声で歌いながらなのがドニらしい。
ドニの向こうのルナを見ると女神様の絵を書いていたのに、少し悲し気な顔をしてから魔力を閉じて消した。新しくリュウドラの絵を書き始めた。二度とこちらに関わらないよう言って聞かせました、そう言って頭を下げた神官父さんと言われた人を思い出す。
私も絵を書き始める。大きな木。アレックス王子と出会った木、皆で泥遊びをしたあの丘にたつ一本の木。
「ノエル、大きなお爺ちゃんの手の絵だねー」
楽しそうに笑うドニの声に私は、魔力を停止する。動揺すると手足のように継続して使えない。まだまだ未熟だ。
「課題に自信がある方から見せに来てください。できた方から次の鐘まで休息をとって頂いて構いませんよ」
アーロン先生から全員に声がかかる。周りを見渡すと、魔力をしっかり残すことが難しい者が多いようで端の方が消えて苦戦する者が多い。今からなら、クロードと色々話ができるかもしれない。
剣に細かい書き込みを真剣に続けるクロードの腕を軽くたたく。目顔で一緒に出ようと告げる。
同時に立ち上がってアーロン先生のところで指示された課題を一緒にこなしていく。最後の絵の課題は、丸、バツ、三角、星、記号を書いてごまかした。魔力を残して何もない所に書く作業ができればいいのだから、絵心なんていらない。
講室を出ると中庭に誘う。歩きながら、先ほどの講義の話に花を咲かせる。専科に進むまでは勝手に魔法を使う事は控えるように言われている。講義が貴重な魔力を体感できる時間だ。
「ところで、ルナが先ほど持っていたレポートはユーグのですよね?」
「ああ。お前に渡す前にできるだけ、たくさんの人に回すことになった。もう少し待ってもらえるか?」
理由を問うと、時間稼ぎだと言う。ユーグは魔法を試すのは本当に控えたかわりに、ご褒美のためにレポートを完成させてきたらしい。カミュ様は、もう少し魔力の方に興味を持っていかれて時間がかかると思っていたそうだ。私も律義にユーグが魔法を試すのを控えるとは思っていなかったので驚いた。
「カミュ様はシュレッサー親子に城で、ご褒美を楽しみにしてると狂喜されたそうだ……」
「それは、カミュ様は不安でしょうね」
大公の便宜を図る書状が偽装されるか、悪用される未来しか想像できないだろう。結局、カミュ様はあの場にいた4人がレポートを確認して出来を認めないと完成したとは言えないと主張したという。不満そうではあったが、成果を検証するのは大事だという認識があるようでユーグも納得したという。
「ノエルの手にレポートが渡るまで、人に貸すなりして時間をかせげと言われた」
綺麗な顔を引きつらせてリポートを受け取ったカミュ様を想像して、クロードと顔を見合わせて笑う。
「でも、どうして最初はルナだったんですか?」
「偶然だ。昨日彼女にぶつかって怪我をさせてしまったんだ。帰りに声を掛けた時に、読むか尋ねたら頷いたので渡した」
出会いイベント以上にルナと何かあったわけではないと知って安堵する。
「キミエト」との一致もルナの態度も気になるけど、ノエルである限りルナの恋が私に影響することは何もない筈だ。
「ユーグや、カミュ様ももう彼女にあいましたか?」
なのに、アレックス王子だけじゃなくて、カミュ様やクロードやユーグの事までこうして気になるのは、友達を恋にとられるのが嫌だっていう我儘な気持ちも少しあるのかもしれない。
「ユーグとカミュ様はまだ会っていないんじゃないか。特に話は聞いていないな」
二人はパラメータがある程度あがってからのイベント発生だから、もう少し先かもしれない。カミュ様は学習のコマンド実行でステータス達成になると図書室で出会う。ユーグは魔法のコマンドでステータス達成すると訓練場で出会う。
「あれ……?」
「どうした?」
クロードの問いかけに何でもないと首を振る。ユーグの場合、魔力が低くてそれを補うための魔法弾の実験中に出会う。そこからヒロインがユーグの苦悩に触れていく展開の筈だけど、今のユーグに焦って魔法弾を作る必要はないし、魔力不足の苦悩はない。だとしたらイベントはどうなる?
アレックス王子も出会いイベントの後に、再会イベントがもう一つ控えていた。それは、悪役令嬢キャロルがルナに嫌味を言うシーンで起こるはずだった。でも、悪役令嬢はいない。
「クロード。例えば、何かが起きなきゃいけないのに、大事な要素が掛けたらどうします?」
「ん? なんだか抽象的だな」
クロードが眉根を寄せて考え込む。明かせる事が出来ない問いかけだけど、どうしても誰かに聞いてみたかった。一致しようとした世界が、一致できない世界になったのなら一体何が起こるのだろう。
目の前の優しい春の香りが漂う庭園を見つめる。画面の中には決してない柔らかい香りと、日差しの温かさは紛うこと無き現実だ。
「俺が考えられる事に当てるなら、作戦を実行するのに大事なモノが届かない場面だな。状況よって変わるが、立て直しがきくなら安全の為に撤退する。不可避の絶望的な場なら何とかして死ぬ気でやる」
クロードらしい答えだ。現実はいつだってやり直しはきかない。死ぬ気でくるとしたら何がくる?
この世界のシナリオが強引に先の運命を曲げるのか、それとも「キミエト」の世界でただ一人選択肢をもっていたヒロインが動いて一致を求めるのか。それとも、このまま一致しない新しい世界が紡ぎだされるのか。
「クロード様、ノエル様」
鈴のなるような声で呼んで、嬉しそうにルナがこちらに向かってくる。
「姿をお見かけしたので、よかったら一緒に過ごしませんか?」
その台詞に戸惑う。時折、コマンド実行の合間に挟まる休憩の時間のミニイベント。親密度によって成功率が変わる。断られる時もあれば、攻略対象が承諾して楽しい時間を過ごせる。
ゲームそのままの台詞でルナが誘う。クロードが私を見て、私もクロードを見る。
「お願いします。お話をできる人がいないんです。クロード様もノエル様も私の事を避けたりしないから……」
目を伏せて、寂しそうに呟かれたら断る事なんてできない。クロードの目もそう言っている。私が頷くのを確認してクロードが答える。
「ああ。構わない」
聞いたことのある言葉でクロードが答える。他の答え方をするクロードも思いつかないけれども、世界はやっぱり「キミエト」と重なる。
思う事は色々あるけれども、私は案外楽しい時間をクロードとルナと過ごす。
「まぁ、そんなことを言うのですね? スージェルなんて知らなかった」
鈴のなるような声で笑って、私の肩にルナが触れる。令嬢としては少し振る舞いが気安すぎるが、天真爛漫な笑顔に注意する気が削がれる。
「ええ。砂漠の多い土地なんですよ」
「初めて聞きました。砂漠が多いのですね。どんなものがあるのでしょう?」
「スージェルで有名なのは傭兵だろう。貿易するにも難所が多いから、商人を守る傭兵家業が盛んだ」
悪い子じゃないと思う。貴族の令嬢としては気安すぎるが、聞き上手で明るい。
「ふふ。クロード様は戦いとかがお好きですね。最後の課題も剣をお書きになってた」
「ああ。剣は振るうのも好きだが、見るのも好きだ」
「わかります。私は女ですが、剣を見るのは好きなんです。コーエンで作られる剣の輝きが好きですし、ミンゼアに入ってくる異国の鞘はうっとりしてしまいます」
その回答にクロードが嬉しそうに笑う。ルナの知っていることには偏りがとてもある。今もスージェルの事は知らないのに、ミンゼアとコーエンは商いの品を知っていた。これだけじゃなくて、そう感じる事が会話の中でとても多い。
「クロード様の剣も見たいです」
相手の好きなものを知っていて、事前に必要なことを調べているような気になる。ルナがクロードの腰の鞘に手を伸ばす。
「勝手にふれるな、危ない」
そう言って、クロードがルナの手を抑える。触れた手を慌てて引いて申し訳なさそうに頭を下げる姿は素直で可愛い。でも、躊躇いなく男性に触れ過ぎると思う。彼女の明るさに目をつぶりたくなるが、こう頻回だとルナの為にならない。
「ルナ。気を付けないといけません。学園は平等ですが、令嬢には礼節を重んじる者も多い」
そこまで言って、自分の言葉が悪役令嬢キャロルの言葉に似ている事に気づく。ルナ様、令嬢として節度のない態度はいかがなのかしら?
でも、私はノエルだ。ノエルとしての接し方がある。優しく微笑みかける。
「貴方が心配なんです。難しい立場である事は存じておりますから、少しずつ慣れていきましょう。私がお手伝いします」
「はい。そんな風に言って頂いて、私嬉しいです。ノエル様とは無事に再会することができて本当に良かった」
無事、再会。御前試合の帰りの群衆の中で囁かれた、冷たい言葉を思い出す。
「無事、再会ですか?」
「あ、御前試合を観覧しました。大変な活躍で忘れられずに、私が一方的にお会いしたと思っていただけです」
ピンクの目を愛らしく細めて笑う。ヒロインらしい柔らかい笑顔。
でも、御前試合の後、ルナは私をはっきり認めて礼をとった。礼を返さず走り去ってしまった私が失礼だったから、なかったことになっているのか。
「見に来ていただけて光栄です。無事というのは? 私に何か心配なことがございましたか?」
「いいえ。激しい試合でしたので、ノエル様が危うく見えて勝手に心配していただけです」
愛らしい笑顔で、労う言葉を掛けてもらっている筈なのに何故か疑問と不安ばかりが胸を支配する。
休憩を終えるべき、鐘が鳴る。
「ねぇ、ノエル様。どんなに強い方でも未来が危うい事はあるかもしれない。どうか、その身をお労りください。ノエル様のような素晴らしい方が未来のマールブランシュ王国には必ず必要なんです」
ルナの言葉は私をいつも煽る。たけど今、苦しそうに私を見るルナは、心の底からの私の事を心配してくれているように見えた。その顔に教会の子供たちの笑顔が重なってルナの頭をそっと撫でる。
「ありがとう。大丈夫ですから安心してください」
くしゃくしゃな顔で嬉しそうにルナが笑う。ゲームのヒロインとは違うこちらの笑顔の方が本当のルナの笑顔のような気がした。
教室にもどると次の講義が始まる。魔力を動かす事は全員が合格できたようで、魔法の使い方に進む。
「さて、魔法とは魔力で書かれる術式を使って、力を変化させることです。術式は先人たちの知恵と研鑽により作られてきました。詳細は基礎魔法学になりますので、今回は控えましょう。例えば火の魔力で壁の術式を書いて魔力を乗せる。そうすれば、火の壁が広がります」
やっぱり魔法の授業は心が躍る。みんなの顔もきらきらしている。特に男の子の食い付き具合が凄い。アーロン先生がにやりと笑う。
「皆さんは訓練場を除く魔法の使用は禁止です。学園内で発動すれば結界に探知されて厳しい処分を受けるになりますので、気を付けて下さい。今日は講室内は結界が解除されています。まずは魔法を体感していただくために、簡単な増幅魔法をお教えしましょう」
アーロン先生が教卓の壁に一枚の術式を貼る。簡単な図形と文字を組み合わせたものだ。貼り終えると、白い髭の口元で何かを呟いてから、地面に向かって術式を書く。水色の魔力で水属性だ。術式に向かって魔力を流すと、地面を魔力が這って壁を伝い天井まで水色の文字と波形が走って消える。
「安全の為に私の結界を引かせて頂きました。さて、こちらに張り出したのは魔力を倍増して球にする術式です。全力行わず少量の魔力でなら天井や壁に向かって放って構いません。人には向けないようにしてくださいね」
早速、私も術式を書き込む。丸を書いて、簡単な数字と文字を記す。さらに丸に点と点と線。僅かに魔力を流す。術式を通過した魔力が倍に膨らんで真黒な球状の塊が渦を巻く。天井に向かって放つ事を思うと、矢よりも早い速度で打ちあがる。
パンという衝撃音の後、僅かに水色の魔力の残滓とと黒い魔力の残滓が降り注ぐ。
「おや、ノエル様はもう成功されたようですね」
私に続くように上位クラスの魔力の持ち主が次々と成功させていく。中級以下の者の半数も続くが、残り半数は魔力を残す作業が難しいようで術式に上手く魔力が乗らない。
「今日は初回です。焦ることはありません。訓練場を使って練習もできますからね。それぞれ感触がつかめた者から、新しい術式を教えて差し上げますので、いらっしゃって下さい。一定のレベルまで行った方から魔法の講義は、訓練場で実力別となります」
その言葉に成功させている者は新しい術式を求めて席を立つ。私も勿論席を立った。魔法ってやっぱり楽しい。
季節が春から夏にうつる。学園にも慣れてきて、基礎魔法をおえて魔法の講義は実力別になった。「キミエト」の世界はゲームと同じだったり、異なったり、シナリオの上を綱渡りのように進んでいる気がした。
「ルナ―」
講室の外を歩くルナを見つけてドニが笑顔で駆け寄る。エトワールの丘の側の花壇で、ドニとルナが出会うイベントに重なる話をドニから聞いた。その後から、二人は急速に仲良くなり始めた。ドニが楽しそうに歌を歌うのを、ルナが手を叩いて褒める姿をよく見かける。
「なんだか、最近特に仲がいいな」
呆れた様にクロードが呟く。気持ちは分からなくない、たった今三人でカードで遊んでいた筈なのに、放り出して駆けだしていったのだ。ドニらしいと言えば、ドニらしい。
「そうですね。でも、あの二人は嫌いじゃないです」
私の勝手な印象だけど、ルナがドニといる時は少しだけ自然な気がした。ドニの姿を見つめて手を叩く姿は小さな子供を見守るお姉さんのようなのだ。今だって、駆け寄るドニに一瞬だけくしゃりと笑って見せる顔は、私たちには殆ど見せない笑顔だ。
「まあ、ドニいい奴だ。ただ、ルナはディエリとも接触があるみたいなのが気になる」
ディエリとルナにも出会いのイベントが起きたのだろう。ディエリは顔を合わせると顰めるから、確認のしようがない。ゲームの中で二人の出会いは、講義のレベルが低いと先に帰るディエリに、早めに講義を終えたルナが出会うことから始まる。魔法を学ぶ事だけが大切じゃないと、ディエリに積極的絡んでいく。この先は、ディエリがルナに惹かれて、彼女に会うために学園に足を向ける展開になる。
ゲームを再現するように、最近はディエリを見つける度にルナは駆け寄る。そして、ルナを追うようにドニが合流する。ドニはああいう性格だから、ディエリにもどんどん話しかけているのを見かけた。
「ジルベール・ラヴェルとバスティア公爵家の繋がるのは心配ですが、私たちに何ができる訳ではないんですよね……」
まだまだ、初級魔法を覚えたての私たちに出来ることも守れるものも少ない。道は地道に一歩ずつだ。
ドニの分のカードを纏めて、クロードが片付け始める。私は漸く読み終えたユーグのレポートを開く。癖の強い字で書かれた、言葉の変化についてのレポート。
「これ、面白かったです。文句なしの評価ですけど、どうしましょうか?」
私がカミュ様にお返ししたら、ユーグにはご褒美の大公家の便宜書状が手に入る。伸ばし伸ばしにしてきたせいで、最近ユーグの機嫌も悪い。最後の確認者の私を見つける度に、背後から抱きしめるように捕まえて早くしてと耳元で囁かれる。
「まぁ、お返しする方がいいだろうな。ノエルも大変だろ?」
「ええ。カミュ様には悪いですが、レポートは凄く面白いからこれ以上、伸ばすの可哀想ですし」
レポートは王妃にかかわる様々な伝聞と代わった言葉の一覧もついていてなかなかの読み応えだった
200年前の全く異なる文化をもった聖女シーナ。ワンデリアの歪の側で保護された彼女には不思議な力があった。僅かに未来を予言する力。多くの有能な臣に信頼され守られた彼女はアルノルフ王の妻となる。多くの書物を残した賢王アルノルフは彼女の為だけに何冊か物語を書いた。
物語の中では、所々でシーナが生きた文化の言葉が使われた。ブルレーデは狸になり、ケッシーは猫になり、ワルシアンは犬、彼女が最も愛した花、ピシェルはサクラという名で描かれる。
誰からも愛された王妃の愛する言葉は国民にも愛されて、気が付けば定着した。
カミュ様の黒い髪と黒い瞳を思い出す。そして、シーナ王妃の伝えた文化。示す先の答えには一つの予感があった。
「小さなリュードラがいたみたいですよ?」
11歳の時にクロードが作った鞘は、正式な騎士の剣に変わった今はもう使っていない。新しい鞘は同じデザインで、クロードは相変わらずリュウドラの描かれたものを愛用している。
「いいな。本物が見てみたい」
私も剣の長さを変えたので鞘を新調した。私の鞘は夜空のデザイン。月の側で夜空を泳ぐリュウドラが小さく刻まれている。友情の約束の品だ。
「ですね。ひずみに魔物がいるのですから、神の使いのリュウドラがいたって不思議じゃないです。 シーナ王妃のリュウドラは一体どこにいったのでしょうね?」
伝聞のなかのおとぎ話のような話。シーナ王妃の側にずっといたリュウドラ。アルノルフ王が作った物語なのかもしれないけど私とクロードはその物語を気に入っていた。
ワンデリアの歪の何処か、コーエンの溶岩洞か、未知の世界に眠るリュウドラに二人で夢を馳せる。いつか、冒険の旅に出ようか? そんな話で盛り上がっていると、令嬢たちがルナの名を囁きながら口元に笑みを浮かべて飛び出していくのが見えた。
「何かあったな」
「ええ。見に行ってみましょう」
私とクロードも席をたって、令嬢たちの背を追った。
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