2018年11月8日木曜日

二章 十八話 王子と従弟 キャロル10歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります




 クロードの披露目は段違いだった。父親の第一騎士団長相手に本気の剣戟だ。さすがに受けるエドガー侯爵には余裕があるものの、迫力もスピードも今までの子供の剣技披露目とは迫力が格段に違う。従者ではなく父親の団長自らが出てきたのが納得の腕前だ。実戦の誘いを受けなくって本当に良かった。
 披露目が終われば一際大きな拍手が鳴りやまない。特に男性たちは立ち上がって喝采をおくる。この後に出るのが辛い。
 舞台袖にクロードとエドガー侯爵が降りてくる。その肩を私は叩く。

「すごいじゃないか! 今日の披露目の中でも段違いだよ!」

 照れたような笑顔でクロードが頷く。私の名が舞台で呼ばれる。

「ノエル、成功を信じてるぞ」

「いってきます!」

 私は舞台へ上がる。剣舞はアングラードのお披露目でいつも使われる楽曲を使用する。女性のダンスとは異なる剣の速さと切れが見せ場だ。今年は従来の演目とちがって、母の監修で二本の剣を扱う。
 クロードの剣技の冷めやらないざわめきの残る会場で音楽が始まった。
 落ち着いて、ゆっくりと剣を抜く。重ねて刃の音を響かせる。その音に会場が一瞬静けさを取り戻すが、まだ弱い。けっして出来は悪くないが、クロードの興奮が残る会場ではまだ観客を引き付けきれない。
 最終を務める以上はもう少し観客を引き付けるないと、そんな焦りから私は剣を取り落としかけた。まずい! このまま落とせば大失敗で観客を引き付けるどころか、失笑を買うことになる。手にした剣で床につく前の剣を跳ね上げる。剣の音が大きく会場に鳴り響いた。回転して高く跳ね上がった剣に観客に小さな悲鳴が上がる。大丈夫、取り落とした剣の広い方はお母様が教えてくれた。流れにのって回転を入れて捕まえる。会場が急ごしらえのパフォーマンスにどっと湧く。いける。そう思うと焦りが消えて、気持ちが落ち着き始めた。二つの剣を構えて最後の型をきめると大きな拍手が沸き上がる。後半の記憶が定かではないがいい反応だ。母上の顔をみるとちょっとだけ膨れている。大舞台の失敗に心の強さがたりないなと思う。

 席にもどれば父上達が私とクロードに改めて拍手を送ってくれた。

「二人とも素晴らしいね。将来が楽しみだよ」

「本当にノエル様もクロードも大変良かったですよ」

「二人で精進したら、きっともっと強くなれますわね」

 労いとさらなる研鑽の言葉に私とクロードは二人で目を合わせて照れる。なんだか大きな仕事を成し遂げた気分で、すごく気持ちがいい。

「二人は疲れてない?」

 エドガー侯爵の言葉に私たちは頷く。私たちが終わったことで、お披露目は全て終了となったので、これからは初めての社交である舞踏会だ。まだまだ今日は頑張ることが多い。

「どうやら君たち二人をたくさんのご令嬢が待っているようなんだけど、どうする?」

 お父様が顔を向けた先、会場の入口に多くの令嬢が集まっていた。気にしない振りをしながら、時々こちらを見つめてそわそわしているのがわかる。クロードが困ったような顔をした。

「ノエル。お腹空かないか?」

「うん。お腹空いたね」

 何だか急にお腹が空いた。会場には立食だが食事も用意されている。花より団子がいい。集まるご令嬢の中からたった一人の手を取る勇気はない。
 両親たちが苦笑いする。まずは軽く食事をとってから、それぞれ両親が懇意にいしている令嬢を選んでファーストダンスを踊ることにしてもらった。

 さすがに育ち盛りの男の子のクロードはよく食べる。社交の場なのでお皿に山盛りにはしないものの、こまめに盛っては空にしていく。見ていて気持ちがいい。私の方はもともとそんなに食べる方ではないので、軽食をつまむ程度だ。

「食が細いな。大丈夫か?」

「大丈夫だよ。もともとそんなに食べないし。クロードはあんまり食べ過ぎると母上に怒られるよ」

 クロードが肩をすくめてリーリア夫人を見れば、苦笑いしている。お代りはもう無理そうだ。

「ねぇ、クロード。ダンスどうする?」

「踊るしかないだろ」

 しかめっ面でクロードが答える。すでに今日一緒に公になった子が何人か大人に混ざってダンスを踊っている。素敵だなとは思うけど、自分が躍るとなると少し照れくさくて、気が進まない。
 父上、母上たちはそれぞれ懇意の貴族に囲まれている。あの中の誰かの令嬢とファーストダンスを踊ることになるのだろう。

「クロード」

 エドガー侯爵からお呼びがかかる。隣にかわいらしい令嬢が、頬を染めて立っている。どうやらファーストダンスの相手が決まったらしい。

「いってらっしゃい」

 送り出そうとした時に、口元にソースの残りを見つける。手招きでよんで、ハンカチでそっと拭う。

「ダンスの前に気づいてよかったね。嫌われちゃうよ」

「ああ。すまない」

 そう言って笑いあうとちょっと緊張がほぐれたみたいだ。いってくる、と背筋を伸ばして令嬢の方に歩き出す。令嬢の前でクロードが跪いて礼をとる。まだ子供だけど、とってもかっこいい。もし私がキャロルなら、あの場でクロードが手をとったのは私なのかもしれない。そう思うと少しもったいない気持ちになっる。

「ノエル様」

 振り返ると舞台であった辺境伯の令嬢が側に来ていた。父上と母上をみると笑顔なので、彼女が私のファーストダンスの相手に決まったようだ。私は跪いて礼をとる。

「ノエル・アングラードです。どうか一曲お相手頂けますか?」

「もちろんですわ。ミンゼア領のカリーナ・ミシリエと申します」

 カリーナに手を差し出すと、少女にしては艶やかな笑顔で手を乗せる。少しだけ前を歩いてホールの中心までエスコートする。向き合って立礼してカリーナの背中に手を回した。

「私、ノエル様とファーストダンスを踊るって決めてました」

「光栄です」

 音楽にあわせて、柔らかい弧を描くように踊りだす。なんだか不思議な気分。女の子の手をとってこうやって踊ってる自分がいる。私、本当に男の子なんだ。男の子になろう、なろうとしてきたけど、実感したの初めてだった。

「ノエル様、ミンゼア領はご存知ですか?」

「はい。海のある町ですね。他国との商いの窓口になっていると本で読みました」

 ダンスをしながら難なく会話するカリーナの技量に舌を巻く。まったくステップの乱れがない。

「今日のノエル様は素敵でした。私、大好きなりましたわ」

 思わず、大きな声をあげそうになる。人生初告白は女の子からだ。予期せぬ言葉にどう返してよいか、顔には出さないけど胸の中は大混乱だ。無難に。無難にいこう……。

「ありがとうございます」

「ミンゼアと王都は遠いですけど。また、お会いできますよね?」

 また、いつか。その約束が必ず果たせるか。いつかを果たせなかった人の顔が思い浮かぶ。果たせずともそのいつかを待ってくれる彼ら。遠い日の約束はとても難しいと思う。いつか、また私がキャロルにも戻れる日がくる? 

「すみません。また、いつかは嫌いなんです」

「では、必ず会いに来ますわ」

 カリーナは強くてまっすぐな子だ。遠く離れた領地からまた王都へいつになるかわからない。それなのに、またいつかが嫌なら、必ずと言い切る自信に満ち溢れた強い笑顔が眩しい。私はそんな彼女の強さに思わず微笑む。

「……」
 
 カリーナの顔が真っ赤になった。なんだか分からなけど。おしゃべりも止まってしまった。これ以上押されたら対応できそうもないので、今はこれでよかったのかな?

 カリーナの後は、次から次へと令嬢が送り込まれてきて大忙しだ。なんだか一遍に男の子として成長してしまった気がする。でも、ノエルー・アングラードの名前を多くの子が覚えてくれたのは有難い。「悪役令嬢消失計画」侯爵子息として有名になろうは目的達成でいいだろう。

 さすがに踊りつかれてきたので、ダンスの輪から抜け出る。クロードも何とか抜け出てきたらしく、壁際で飲み物を飲んでいた。両親も一緒だ。隣に並んで果実水を口に含む。

「つかれましたね」

「ああ」

 クロードがげんなりとした顔で応える。ダンスの途中何度かすれ違ったが、こちらも女の子たちから猛アピールを受けていた。口下手なクロードが無言で困惑するようすが簡単に想像できる。面倒見がよいからきっと女の子を傷つけないよう返事をするのは困っただろう。

「本当に社交界って大変ですね。大人になったら、毎日のように招待状が届くなんて信じられないです」

「もう、俺はいかないぞ」

 そんな風に二人で舞踏会の愚痴を言い合っていると、会場がざわめきに包まれた。周囲からアレックス王子という声が聞こえる。アレックス王子は一つ前の舞踏会で公になっているので、同じ年頃の子が公になる社交の席に顔を出すのは当然のなりゆきだ。ということは、もう一人の攻略対象も王子と一緒かもしれない。大丈夫。大丈夫。アレックス王子は練習した。もう一人も、クロードとあってから、もしやと思って心の準備は一緒にした。さっきのような、不意打ちではないから耐えられる。

 人垣が割れて人々が次々と跪く。見覚えのある金色の髪と紺碧の瞳の美しい少年が現れる。ただ歩いているだけなのに王族としての存在感が大人をも圧倒する。さすがアレックス王子だ。そして、アレックス王子の隣に黒いさらさらの髪に同じ色の瞳の陶器でできた日本人形のような少年が並んでいる。もちろん「キミエト」の攻略対象だ。
 まっすぐこちらに向かってくる二人に、私たちもすぐに跪いて礼をする。

「今日は王家主催の舞踏会だ。皆、無礼講でかまわない」

 輝くばかりの笑顔を浮かべてアレックス王子が宣言する。声変わり前のよくとおる美しい声だ。ゲームのままでなく子供の時の出会いで本当に助かった。ままだったら本当に自分が興奮して倒れかねない。
 王子の声で、人々がゆっくり立ち上がる。それぞれ立礼をとると舞踏会はもとの動きを取り戻し始めた。私たちは殿下が目の前に立ち止まったので、そのまま立ち上がらず礼をとり続ける。

「アングラード侯爵。ヴァセラン侯爵。どうか気にせず立ってくれ」

「お言葉に感謝いたします。立たせて頂く前に、私どもの息子たちからご挨拶させていただいてもよろしいですか」

「許す」

 その言葉に、私とクロードが顔を上げる。アレックス王子と目が合う。深い紺碧の瞳が何かを探すように私の顔をじっと眺める。あの日のキャロルの面影を自分が残していないか不安になる。

「ノエル・アングラードと申します。以後お見知りおき願います」

「クロード・ヴァセランと申します。お見知りおき願いします」

「覚えておくよ。二人は大変な活躍だったと聞いたよ。ぜひ見たかったな」

「ありがとうございます!」

 クロードと私は声を揃えてお礼をいう。王子とは記憶を取り戻す前に偶然出会っているが、本来は直接声をかけられるとこと自体が稀で大変名誉なとだ。

「私は、アレックス・マールブランシュだ。こちらは私の従弟のカミュ・ラ・ファイエット」

「はじめまして。カミュ・ラ・ファイエットです。私も皆さんと同じ年になります。よろしくお願いします」

 穏やかな笑顔を浮かべるのは、アレックス王子の従弟にあたるラ・ファイエット大公の令息であるカミュだ。どことなく日本人を思い起こさせるエキゾチックな佇まいとアレックスとの幼馴染という立ち位置で「キミエト」の中でも人気のキャラクターだ。
 改めて立つようにアレックス王子から声がかかる。私たちはようやく立ち上がると感謝の礼をとる。

「カミュとノエルどっちが背が高いかな?二人ともちいさいなー」

 面白そうな笑顔でアレックス王子がカミュ様と私を視比べる。そうですね、と言ってカミュ様が背比べの為に私の隣に並ぶ。近い。近くで見るとさらさらの黒髪と白い肌と赤い唇の対比が際立って、すごく愛らしい。頑張れ、私。たえろ、私。

「あぁ、私の方が少し大きいですね。よかった、私より小さい子は初めてです」

 花の咲くような笑顔で微笑みかける。私は思わずよろめいてしまう。ごめんなさい。理性が今、一瞬飛びました。顔には出さずに済んだけど、意識がホワイトアウトしました。よろめいたのを機会に少し距離を開ける。

「どうした? ノエル、つかれたか?」

 クロードが私の腕を握る。だめです!今、私の容量は限界です!!慌ててかぶりをふる。

「だ、だ、大丈夫です、クロード。殿下とカミュ様にお会いして緊張したのだと思います」

「なんだ、緊張することはないのに。私もカミュも君たちとは同級生になる。仲良くしてほしいな」

 アレックス王子のきらっきらの笑顔。小さいけどゲームのスチルそのままの王子さまスマイル。まずい。まずい。小さいころも可愛かったけど、今はかっこよさも加わって、私の想定を超えている。破壊力抜群だ。私の頭の中に白いものが見え始めた。

「そうだ。疲れたなら、向こうで一緒におしゃべりをしよう。おいで」

 アレックス王子が反対の腕をつかんだ。私はもう。何も考えない。というか、立っているためには思考を切るしかできない。お父様、お母様たちが慌てて止めた気配がしたが、王子が何かを言ってあきらめたようだ。王子とクロードに腕をとられ連れられるままに場所を移動していった。





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