2018年11月10日土曜日

二章 二十五話 精霊の子 キャロル11歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります




 カミュ様の離宮から帰りついた日、父上に大事な相談がある事を告げる。私の真剣な表情に隠し通路にある書斎に移動して、話をすることになった。ワンデリアに行けなくなって以来、隠し通路に来るのも随分久しぶりだ。気づくとお父様の書斎の反対側に新しい扉が増えている。

「父上、扉が増えてます。新しい領地をいただいたのですか?」

「あ、知りたい? 気になるかな?」

 父上がまた面倒な空気を醸し出している。このパターンは何かサプライズなんだろうなと予測する。もちろん、隠し通路にある扉のサプライズなら対象は私か母上に限られる。期待を込めて、私は少し大げさに答える。

「はい!! とっても、とっても気になるのです!」

「教えてあげませーん」

 私の頑張りを返してほしい。父上は新しい扉を素通りして、書斎のドアを開ける。この扉も魔力を使って開けるようだ。父上が一度ドアノブに触ると、黒い靄が僅かに揺らめくのが見えた。
 父上の本当の書斎に入るのは初めてだ。机や書棚は本邸や別邸のものと同じ。机は3つ、本棚は倍以上設置されている。使用人が出入りしないせいか、少し雑然としていた。一番奥にの机に父上が座る。

「ノエル。おいで」

 お膝を叩いて待っていてくれるので、その上に腰掛ける。私の腰に手をまわして、顎を頭に乗せる。ちょっとだけ痛くて、心がくすぐったい。

「大きくなったね。あとどのくらい、私に甘えてくれるのかな」

「まだまだ、甘えますから安心していてくださいね」

「ノエル、キャロルに戻りたいと思わない?」

「いいえ」

 短く答える。もしもと思うことはあるけど、私は今の自分に満足している。父上の体にもたれ掛かかって、改めて書斎を見渡した。書類と資料の山、張られた地図に書き込まれた多くの言葉。雑然と見えたものが、ここからは見やすく一望できる。ここが父上の仕事場。

「父上。お仕事頑張ってくださいね」

「んー。頑張っちゃおうかな。ノエルがそう言うなら」

 私が言わなくても頑張ってほしい。一応……。一応、どんなにそんな風に見えなくても、この国の中枢である国政管理室の副室長なのだから。

「で、ノエル。相談事って何だい? 何かあったなら父は頑張るぞ」

「では、カミュ様にバレかかってます」

「ふーん。どうして?」

 あまり驚くことなく話の先を促す。「秘宝返還計画」でキャロルの持ち物である秘宝を、私が持っていたのを見られたことを説明し、カミュ様に精霊の子と告げた事を話す。

「精霊の子を口に出したのは失敗だけど。曖昧に返事ができたなら、まずまずの判断だよ。頑張ったね」

 頑張ったと言われても、私の中の微妙な気分は消えない。嘘をつかない努力はしたけど、真実は隠したままだ。友達と言ったのに、私の行動は許されることなのか。整理の付かない気持ちをぽつりぽつりと父上に零す。

「みんな清廉でまっすぐだね。私の答えは君の答えにならない。まだ11歳なんだ。たくさん悩みなさい。いつか自分がこれだと思える答えと、それを許してくれる場所が見つかるからね」

 髪に頬擦りすると、それまで苦しい時は私が聞いて抱きしめるよ、と言う。私はもぞもぞと向きを変えて父上の胸に顔をうずめた。ほっとする。答えがすぐに見つからなくても、頑張って進もうと思える。

「悩むのは大事なことだ。でも溜め込み過ぎず、いつでもおいで。私も、昔は悩み過ぎて大分こじらせたからね」

 父上の呟きにクレイの吹き出す声が重なった。どんなこじらせ方をしたのですか、父上。いつか絶対聞いてみよう。私は照れくさいので、そのままで質問する。

「それで、父上。精霊の子って何ですか? バルバラおばあ様の時も使っていたので、私も使ってしまいました。いったい何なのかを教えてください」

 お父様が珍しく沈黙する。何から話すべきか迷っているようだった。

「魔力はわかるね? 魔力には属性がある。何があったかいってごらん」

「光、闇、火、水、風、土。六種類あります」

「よくできました。精霊の子は生まれつき、自分の属性以外の魔力に弱い。自然に存在する他の属性の魔力が、毒のように自らの魔力を奪う」

 毒。その響きが怖くて思わず身を固くすると、慌てて父上が言い直す。

「ごめん。毒は怖い? 溶ける? 攻撃される? 食べられる? うん。なんだか、物騒な言葉しかないな。とにかく 普通の環境にいると魔力がどんどん減って、最終的に死に至り体ごと消えてしまう」

 死んでしまう上に、体が消えてしまうなんてもっと怖い。本当にそんな状態に苦しんでいる人がいるなら、辛いだろうと思う。

「生まれつきならいつ頃気が付くんですか?」

「生れてすぐ。どんどん魔力量が減って体調がおかしくなる。発覚したら薬やお守りで魔力を補って、底が尽きるのを引き延ばす。属性は精霊の子なら体調であたりをつけることができるからね。他属性が少なく魔力の減少を抑えることができ、自分の属性が多く回復量を増やせる場所を見つけるんだ。そして、そこで生きる」

「特定の場所でしか生きられないのは、可哀そうです。一生その場所から出られないのですか?」

「魔力に余裕がある状態にできれば二、三日は外にでられる。環境によっては一日持たないこともあるから、気を付ける必要はあるけどね」

 二、三日、悪ければ一日しかもたない。その時間は精霊の子にとって長いのだろうか? 短いのだろうか? 公になることはできるが、社交は難しいだろう。公になる、そこに私は疑問が芽生える。精霊の子をみんな知っているのだろうか? かなりの本を読んでいるが、その言葉を見たことはない。

「父上、精霊の子ってどのくらい存在するんです?」

「その存在は希少だ。精霊の子という言葉を知らない人も多い。公にせず隠す家が多いから、実数も状態も調査が進まない」 

 精霊の子を隠す。それは、そこでしか生きられないから? でも、外にでられるなら公になりたい子もいるはずだ。隠す理由を問う。

「精霊の子にはもう一つ特異点がある。男の子は人の魔力を奪い、女の子は人に魔力を与えることができる」

私は首を傾げる。薬やお守り、魔力を補う品はちゃんとある。精霊の子が生まれた時だって、魔力量は薬やお守りで補うと言っていた。

「父上。魔力を戻すなら薬やお守りがあります。魔力のやり取りぐらいでは隠すことに繋がらないと思うのです」

「説明の仕方が上手くなかったね。一時的に補う魔力じゃなくて、全体の容量の方だ。14歳で属性の判別を受ければ容量の成長が止まるのは覚えているかな?」

「はい。覚えています。それだと、男の子、女の子で存在の意味が凄く違ってきますよね……」

 魔力の量は個人の力として、剣術以上に時に評価される。ただ、剣術以上の評価を受けることがあるのは一握りだ。魔法という強力な力には、魔力量という縛りがある。多くが中規模までの魔法が限界で、連続使用すらできない。それが、増やせるとしたら? 自分の意志で誰かの魔力の容量を奪える男の子は脅威だ。そして、魔力をくれる存在の女の子。自分の属性に満ちている中で生きるから魔力容量も多いだろう。その存在を利用したい人間が必ず出る。

「男の子は、その存在がわかれば厳しい管理下に置かれる。それを嫌がって、家族が隠す事が多い。実際、薬で魔力を補って精霊の子であることを隠し、人の魔力容量を奪っていく事件が過去にも何度かおきている。そういった事態がおこれば騎士団は厳しく対処にでる」
 
 生まれた時から厳しい監視下に置かれる生活は、幸せには思えない。親は子の自由を守るために、隠したくなるだろう。でも、親のその気持ちを受けた子が、力を望まないとは限らない。

「これだけ聞くと、精霊の子の男の子は怖い存在に見えてしまうね。でも、違う子もいることを心に留めておいてほしい。自分の存在に傷つく子もいる……。それから、女の子の方は攫われる危険がある。魔力を奪うのが目的だから、死を意味する。精霊の女の子の家は決して存在を公言しない。守りたいからね」

 あの日バルバラおばあ様は追及をやめた。それは、まだ見ぬドレスの持ち主への配慮だと思う。でも、おばあ様は会いたいと思ってくださらないの? ノエルとしての交流が僅かでも続く今そう思うと少し悲しくなる。
 
「私としては精霊の子の話は、父と母のところで止めておきたかったんだ。その方が身内だけで安全だし、対処も楽だからね。今回、精霊の子とキャロルが繋がった存在として、カミュ様に伝わってしまった」

 思わず肩を落とす。取り繕い方は他にもあったし、用意していた。でも、とっさの事にその場で判断を誤った。的確なな判断をくだすのは本当に難しい。慰めるように父上が頭を撫でてくれる。

「カミュ様は口外しないと言ってました。先に私に一声かけるとも約束しました。だから、大丈夫です」

「気持ちは分かるけど、こちらも対応はとらないとね。嘘は簡単な方がいい。でも、凝っている方がいい時もある。今回は後者で行くよ。カミュ様がこの件で動きにくいように、私が細かく種をまく。ノエルはキャロルを知らないことにして、ワンデリアにはノエルとして決して行かないこと。君は当主が直接経営している土地には関わっていない。これがノエルの公式の情報いいね?」

 ワンデリアに行けない。正直かなりショックだ。新しい職人が入って、貴族向けの高価なジュエリーの注文と生産がいい方向に乗ってきた。その勢いに乗せて、今年から来年にかけてマノンのビーズの方も製品として流通させたい。そうすれば、職人だけでなくワンデリアの領民全体にも新しい収入の道が開けてくる。でも、今回は私の発言が元だから、しぶしぶ頷く。

「ワンデリアには今、キャロルは病気で通してるけど。この部分は変更。キャロルは命を狙われる恐れがあるため公にせず。存在を外に隠すようにとする。一応、領地の結界魔法で制約を課す」

「制約はかけないとだめですか?」

 領地にはいくつか結界があり、領主が条件を課すことが可能だ。それは領民を縛り、時に罰する。制約をかけるとは罰がともなう、そういう事だ。

「元は村代オレガから全村民の意見として提案された。今の状態を病気だから外に漏らさない秘密に、と伝えた時に話し合ったそうだ。キャロルはワンデリアで大切にされてる。守るために秘密が必要なら制約をかけてくれと言われた」

 オレガやワンデリアの人たちのその気持ちは嬉しい。それでも、何かを誰かに課して罰をつけるのは気が進まない。

「秘密を村の外で口に出そうとすると声が出なくなる。その程度の制約ならどうだい? 私も村の外へキャロルの情報を出したくない。精霊の子として狙う者が現れるのは一番怖い。最悪狙われる時は村にも被害が出ることもありえるからね」

「わかりました。では、本当に、口に出せないぐらいでお願いします。誰かが傷つく内容は嫌です」

 落ち込みたくなる話続きだ。本当はもっと早い時点で完全にキャロルの存在を消してしまえた方が良かったのかもしれない。
 バルバラおばあ様にはドレスの件があった。ワンデリアに心を残してキャロルとして手紙を出し続けた。そして今回、秘宝を戻すところをカミュ様に見つかってしまった。人を一人を完全に隠すのは本当に難しい。

「次、キャロルは、数か月に一回の割合でワンデリアに行ってもらう」

「? 先ほど私は言ってはダメだと言われました」

「ノエルはダメだから、キャロルに行ってもらう」

 父上の言葉に試行が停止する。頭の中が大混乱だ。ノエルは言ってはダメだけどキャロルには行ってもらう。だれがキャロル? 

「ノエルには悪いけど、キャロルに三か月に一回ぐらい変身してもらって、ワンデリアに行ってもらうから。これは、今の時点でキャロルの存在を知っている、母とカミュ様、ワンデリアの領民対策だ。いずれ母とカミュ様から動きを起こしてもらう。その時に、そこにはキャロルという女の子がいたという事実が残したい。最後はタイミングをみて精霊の子としてキャロルを終わらせる」

 父上の言葉は理解したけど、私に浮かぶ言葉はない。今まで曖昧に残してきたキャロルの存在。見せ終われば、消す時が来るのだと思うと言いようのない気持ちになる。
 私は自分の頬を一度ぱちんと叩く。父上にも先に聞かれたはずだ、戻りたいかと。いいえ、と私は答えた。今、私はノエルでいる自分が楽しい。残り僅かかもしれないけど、私は三か月に一度のキャロルを最後の日まで楽しもう。

「はい。頑張りますね!」

 そう返事をすると、途端に眠気が襲ってくる。そういえば、結構いい時間だと思う。今の話し合いもカミュ様との話し合いも今日は色々疲れた。

「父上、眠い……」

 私が両手を上げて、抱っこをせがむ。甘えると約束したのだ。そして、父上が抱き上げる瞬間、一つだけ聞き忘れていた小さな疑問を思い出す。

「お父様、精霊の子ってどうやって魔力を奪ったり、与えたりするの?」

 見上げたお父様が目を泳がせる。クレイを見て、ジルを見る。二人ともばつが悪そうに横を向いて目を合わせない。

「クレイ……お前なら、こう気にせずスパッと」

「レオナール様、従者として最低限の言葉は覚えておりますが、元々育ちの悪い身です。お嬢様の心を汚しかねません。それでも?」

 お父様が全力で首を降って拒否する。そしてジルを見る。

「ジル、お前はノエルと一番年が近いし……」

「旦那様。若輩者の私では、経験豊富な旦那様のように言葉を選べません」

 父上の言葉を絶ちきってジルが断る。どうしてだか、みんな言うのを避けようとしている。

「あ、血をすするとか……あと、まぁ、うん、口付けするとか……」

「血をすするの怖いです。口付けなら礼の時に悪意のある人が王様にしたら大変ですね」

「うん。手の甲じゃないんだな……もっとこう」

「お口にキスですね!」

 お父様が固まった。当たりみたいだ。クレイがまた笑ってる。ジルも下を向いてる肩が震えてるから多分笑ってるんだと思う。
 私、一応前世の記憶ありますからね。みんなが思うよりずっと耳年増ですよ。お口にキスわかります。キス!



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