2018年11月10日土曜日

二章 二十二話 秘宝返還 キャロル11歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります



 アレックス王子主催の勉強会、もとい捜索会議は私の提案が通りアレックス王子とキャロルだった私が出会った場所に皆で訪れることに決まった。王子がもう一度新しい何かを思い出すきっかけになること、女の子が再訪して何かを残していないかを期待しての捜索だ。お昼を持って行く約束で私は少し遠足気分で楽しみにしている。出会った場所は秘密ということで、アレックス王子とカミュ様が調整して改めて連絡をくれることになっていた。

 私は本邸の方の自室で「秘宝返還計画」の為に、机に向かって地図を広げる。公になってからは月に数回週末を別邸で過ごし、それ以外は今日のように本邸で過ごす。本邸の使用人たちは私がキャロルだったことを知らない。皆優しくて、過ごしにくくはないけれど、私にとっての本当の休息は私を知る者たちに囲まれて別邸で過ごす時間だった。その時間だけはノエルでもキャロルでもない私でいられる。

「ジル、秘密の丘の場所は離宮で間違いありませんか?」

「はい。間違いありません。よくお気づきでしたね」

 私がキャロルだった頃に秘密の場所を探り当てた地図を見せる。
 私が首を傾げるようにして頭を差し出すと、とてもよくでていますと囁きながら頭を撫でてくれる。

「事前に離宮に侵入できないですよね?」

「それは、さすがに難しいかと存じます。警備の者が常におりますし、魔力探知の結界も張られています」

「以前、ジルは風魔法を使っていましたよ?」

「あの時は騎士団から護衛という立場で入っておりましたので、使用が許されておりました」

 あの時点で私の従者ではなく、騎士団戦備前準備部隊長のモーリスおじい様の部下としてついていてくれた。

「今回従者として一緒に来ていただいた場合は、ジルは魔法が使えますか?」

「従者でも許可はおります。しかし、騎士団も同じですが、魔法を少しでも発動すれば探知結界にかかります。発動した魔法は結界の記録に元づき後ほど必ず申告が必要です」

 魔法を使って何かをするのはやはり避けるべきだ。暫く私は考えを巡らせる。複雑な事じゃない。子供がすることを演出する。簡単に分かりやすく。私は、思いついた方法をジルに伝える。
 
「そうですね。大丈夫だと思います。途中に何かあって取り繕いやすいく、変更がしやすい」

 私はもう一度、頭を差し出す。褒めてもらえるのは、何度でも嬉しい。

「次は秘宝の入れ物ですね。本当はアネモネ石を使いたいところなんですけど、私と簡単に結びついてしまいますよね?」

「私が購入したものは旅の研究者が路銀稼ぎに販売していたものです。他にも彼も小さなケースを数点販売していましたから、大丈夫かと」

 旅の研究家の方にはいつかアイデア料をお支払いせねばと思う。旅先で路銀稼ぎに販売してるのであれば、彼が何者で、いつ売って、買ったのが誰なのか確認は困難かもしれない。
 それに、アレックス王子かカミュ様がそのアネモネ石を使ってくれたら、我が家のワンデリア新事業にも好影響だと思う。
 
「ワンデリアに言って、小さなケースを作ってください。秘宝が入る大きさで、私の服に簡単に隠れるサイズでお願いします。それから町で木札とナイフ、花壇で使うような小さな木製のスコップを数本とバケツもを使用人に買ってくるように伝えて下さい」

 「秘宝返還計画」をこっそりと進めていく。一日も早くカミュ様の秘宝を返し、アレックス王子の気持ちを傷つけずにキャロルを忘れてもらう。それは悲しいけれども必要なこと。

 それから月日が少しだけ流れて、王家の紋のついた手紙が届く。秘密の場所の使用について調整がつき、決行できる日が決まった。当日は王家より迎えの馬車が来て、お昼も用意してくれると書かれている。馬車でみんなで移動してお昼も食べるなんて、本当遠足だ。早めに「秘宝返還計画」を片付けて、全力で楽しめたら寂しさも紛れるかもしれない。

 当日は家紋をつけずカーテンが引かれた馬車が3台で迎えにきてくれた。中央の馬車に乗り込むとすでに、アレックス王子とカミュ様が乗り込んでいる。二人ともシャツにベストだけを羽織って、いつもよりも簡素で動きやすそうな服装だ。なんだかいつもと違うと少しどきどきする。私も似たような服装だけと、計画の為に腰に小さなバックと裾の閉まったズボンをはいてきた。

「おはようございます。なんだか皆で出かけるのは楽しみですね」

「一応、捜索隊だよ。忘れないでほしいな」

 そう言いながらもアレックス王子もカミュ様も少し楽しそう。天気は快晴で絶好の遠足……捜索日和。ヴァセラン侯爵家に寄ってクロードを乗せる。子供4人、やはり皆で出かけることは特別な気分なのだと思う。捜索が終われば少し遊ほうと話すうちに、あっという間に到着する。

 あの日と同じように小さな庭園の出入り口に降り立つと、懐かしい思いで周囲を見渡した。咲き誇る花は少し以前と色合いが違うけど、小さなアーチは以前のままだ。
 護衛たちは馬車から荷物の中を確認しながら降ろしていく。私が持参した荷物も護衛の確認をうけて、ジルが無事に受け取ってくれていた。私はジルの側に行くとバケツや、木のスコップの入った袋をぞき込む。スコップに紛れるように作戦開始の木札は無事に収まっていた。

「ジル、スコップとバケツを持ちたいです」

 我慢できない振りをして荷物の中に手を入れる。止めるように手をいれたジルのシャツの袖に木札を隠した。目顔できちんと袖に隠せたことを確認すると、私は大袈裟にため息をついて手を袋から出す。

「あとで、ちゃんと出させて下さいね」

 そう言って、みんなの元に戻る。シャベルとバケツを持ってきたこと話すと、貴族の男の子だから土遊びはしたことがないのか興味津々だ。歩くのに邪魔になると従者に止められたから、後で使おうと話す。
 アーチをくぐって、自然な感じの小道を進んでいく。私達は並んで歩いて、その後をそれぞれの従者と護衛が付き従った。
 すぐに私が転んで流血した場所を通りがかる。もう石は落ちていない。アレックス王子を思わず見て、目が合ってしまう。ちょっとだけ唇を噛んで苦しそうにするから、私はそのまま目が離せなくなる。キャロルとして出会った私が怪我をした時のことを思い出しているのかもしれない。キャロルはここで元気です。私は思いを込めてにっこり笑って見せた。
 王子は唇を緩めると優しく笑って、私の頬をまた掴む。いつもみたいに力任せじゃなくて、優しくなでるように触れる。そして、そのまま私の額に手を滑らせた。額の傷を確かめられるような気がして、思わず後ろに身を引きバランスを崩す。ジルが後ろから支えてくれる。見上げたジルは、声を潜めて間に合いましたと笑う。

「ノエル、大丈夫か!」

 アレックス王子も右腕を掴んでひき止めようとしてくれていた。力がぎゅっとこもる。慰めるつもりだったのに、また逆に心配をかけてしまった。私は笑って答える。

「大丈夫です! もう、殿下はいつも人の顔で遊ぶので思わず警戒してしまいした!!」

「君の顔で遊ぶつもりはなかったんだ。ただ、君が……。いや、虫がついてたから」

 私が慌てて顔や頭を払うと、もうとっくに取れてるとアレックス王子がいつもの顔で笑った。気が付けば王子が隠れていた茂みも通り過ぎていた。歩きながらカミュ様が説明してくれる。

「ノエルとクロードは来たことはありますか?ここは、公になる前の子供たちが貸切って遊ぶことができる秘密の場所なんです。流行りなのか貴族の子がよくいらっしゃいます。アレックスの探す女の子も遊びに来た貴族の一人です。残念な事に、ここの管理者は秘密の遊び場の響きが好きで、使用の申請を遊びが終わるとすべての焼却していました。誰がいつ訪れたのか一切の記録は残っていません」

 私の情報が燃えて残っていないことがわかって安堵する。離宮の管理者は王家の人間だろう。焼却されているなど知っている事からカミュ様の家族なのかもしれない。
 
 小道を抜けて花を編んだ丘の上の広場に出る。ジルに花の腕輪を渡した場所だ。今は最も信頼する者の証である髪の一総を編んだ腕輪をつけてくれている。振り返るとジルは左手首にそっと触れて微笑み返してくれた。大丈夫。ジルがいれば今日の計画だってうまくいく。計画に最も適した場所に行く為に質問をする。

「アレックス王子、どちらで女の子と出会ったのですか?」

 隣に並んだアレックス王子が一本の木を指さす。広い丘の上に木はシンボルのように今も立っていた。悪戦苦闘してアレックス王子に手を引いてもらった思い出がよみがえる。

「あの木で会ったんだ。綺麗でまっすぐな目をしてた。どうしてもまた会いたいんだ」

 呟くアレックス王子の見つめる木は三年前より一回り大きくなってその枝を広げてる。隣に立つアレックス王子の横顔ももう男の子じゃなくて、少年に変わっていた。子供から大人に日々変わっていく。とくんと胸が小さく跳ねる音が一度だけ聞こえた。

「アレックスは記憶を辿ってください。私とノエル、クロードは望みは薄いですが、再訪した女の子が手掛かりを残していないか探しましょう」

 クロードが頷く。私は返事の代わりに弾かれる様に走り出す。その後を慌ててジルが追いかける。私の名前を呼ぶ声が少し後ろに聞こえたところで私は声を上げる。

「女の子の手掛かりを探しましょう! 一番先に見つけます!」

 私の声に三人が慌てて駆けだす気配に微笑む。男の子は競争と勝負が大好きだ! 一足先に辿り着くと、木の斜め後ろで転ぶ振りをする。駆け寄ったジルが私と木を盾にして周りから見えなくないように木簡を草むらにそっと落とした。私もまた、足を痛めた振りをしながら腰の小さなバッグからアネモネ石のケースを足首を少しだけ絞ったズボンの裾に隠す。上手く隠れるように中に仕掛けはしてあるが、あんまり激しく動くと落ちそうなので動きには注意が必要だ。

「大丈夫か?」

 やっぱりクロードが一番に駆け寄ってくれる。予想よりも早くて少しだけ焦った。クロードはどんどん強く逞しくなる。

「大丈夫。ちょっと躓いただけだから。私が一番到着!」

 にやりと笑うと、すねた様でずるいぞ、とクロードが言う。アレックス王子とカミュ様も到着する。同じように一番乗りですとにやりと笑うとやはり、ずるいと非難される。

「わかりました。今のはなしです。頑張って走ったのに残念ですけど。女の子の手掛かりを見つけた人が、一番の勝負をしましょう!」

「別に勝負じゃないだろ」

 苦笑いをアレックス王子は浮かべるけれど。クロードはやる気いっぱいだ。木の周りからすぐに捜索を始める。習うようにカミュ様も少し離れたところで捜索を始めた。男の子は本当に勝負という言葉に弱いと思う。
 私も木札を落としたのと反対の方向に捜索を始める。時折枝を拾ったり、木の実を拾ったりして周囲の様子を観察する。

「ノエル、こっち」

 アレックス王子に呼ばれた。王子が立っているのは私が最初に立っていた場所だと思う。はからずも、あの日のジルの位置に私がたつ。

「ここで女の子とあった。怒られたんだ。貴族の子供なら責任があると。私はカミュと比べて王位継承権は上だったけれど、自由に育てられていた。与えられた何もかもを、当たり前に受け取って気づかない事がたくさんあった」

 あの日の記憶が私の中で鮮明に思い出される。不思議だ。忘れていくという認識はないのに、時間がたつにつれて少しずつ曖昧になっていった思い出。成長すると新しい事をたくさん覚えて、小さな思い出を手放していくのだと思う。
 こうやって隣にたつと私の中で消えつつあった、あの日の思い出が少しだけ鮮明になって戻ってくる。伸ばされた手も、笑う笑顔も、抱き止めてくれた小さな手も全部消えかけていた。

「見つからなければいいと今言ったらズルいだろうか? 繋がりがなくなるのが怖くて慌てて、カミュの秘宝を誤って渡してしまった。カミュは仕方ないと笑ってくれた。でも、今は必死に探してる。だからそんな風に思うことは許されない。でも……みつかってしまったら、私と……」

「アレックス殿下!」

 アレックス王子の言葉を遮るようにクロードの声が響いた。その手にはジルが先ほど落としてくれた私の用意した木札が握られていた。

 私たちはクロードの元に集まる。木札は昨日まで我が家の別邸の日当たりのよいところに吊るして、少し時間がたった風合いにした。キャロルがあの日につけていたリボンを結んで、ナイフでアレックス王子だけが気づいてくれる言葉をかいてある。

「こだぬきさんへ ↓」

 木札の言葉にカミュ様が首をかしげて、アレックス王子を見る。

「こだぬきさん、ですか? アレックス心当たりはありますか?」

「私のことだ。リボンにも見覚えがある」

 力なく両手を下げて、嬉しそうに見えない表情を浮かべるアレックス王子に私は胸が締め付けられる気がした。




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