2018年11月8日木曜日

二章 十九話 王子の特命 キャロル10歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります



 柔らかい座り心地に感触に体の緊張がゆっくり解けていく。何だかよくわからないまま、お城の一室にクロードとアレックス王子に運びこまれた。そこで、真っ白に記憶がとんだ。

「どうぞ」

 柔らかい声に焦点を合わせると、カミュ様がよく冷えた果実水のグラスを渡してくれる。本当に良く気の付く優しい子だ。一口含むと冷たいいものが体の中に流れ込んで急速に頭がはっきりしてくる。 !! 私いつから意識がとんでた? 
 顔を上げると、クロードの心配そうな顔が間近にあった。どうやら肩を貸してくれていたらしい。慌てて体を放す。再び意識を手放すわけにはいかない。

「大丈夫か?」

「クロード、ごめん!肩を貸してくれてたんだね。私はどのくらい、意識がなかった?」

「部屋にはいって、座るまでの数秒だ。倒れたというより、ぼーっとしてる感じだった」

 その言葉にほっとする。倒れたというより、完全に考えることを手放していただけのようだ。見渡すと一際、華麗な内装の部屋に連れてこられたことがわかる。向かいのソファーにはアレックス王子とカミュ様が座っている。

「初めての舞踏会で、人あたりしたのでしょう。私も最初の時は同じように意識が遠のいた経験があります」

 穏やかにカミュ様が言ってくれる。私の場合は人あたりではなく、「キミエト」あたりだ。自分の容量を超えた緊張と興奮。小さい子供とはいえ攻略対象の魅力はあなどれない。

「しばらく休むといい。話は君が落ち着いてからにする」

 アレックス王子が果実水を飲みながら言う。私の場合は攻略対象に囲まれて綺麗な部屋で休むより、一人でトイレにこもった方が回復が早い気がする。落ち着かない。ゲームやりたいなぁ。それでも、しばらく座って、果実水を飲んでいると体と気持ちが楽になってきた。

「ありがとうございます。大分、回復したようです」

「それはよかったです。お体には気をつけないといけませんね」

「それで、ここは?」

「王族の控室だよ。ゆっくり話したかったんだ」

 私とクロードが固まる。この国の貴族として私もクロードもかなりの上位にいるけど、王族の控室はさすがに恐れ多い。回復したし、早くこの場を出なくては今度は別の緊張でどうにかなりそうだ。

「気にしなくていい。今は人払いを頼んであるから、勝手に踏み込むものはいないよ」

「アングラード侯爵、ヴァセラン侯爵にもお二人とゆっくり同級としてお話をしたいと伝えてあります。ご安心なさってくださいね」

 アレックス王子とカミュ様はそう言うが、落ち着かないのは変わりない。それに先ほどから、アレックス王子の視線が痛い。笑顔を消してこちらをじっと見つめている。
 アレックス王子が立ち上がってこちらにやってくる。私の顔に王子の手が伸びた。頬つかんで左右に顔を動かしてまじまじと観察される。扱いは悪いが顔がとても近くにあるので、また心臓が早鐘を打ち始める。

「君、姉妹や親類に女の子がいない?」

 早鐘を打っていた心臓が止まりそうになる。約束は十歳になったら、また遊ぶこと。預かった猫の置物を返すこと。私の顔に面影をみてくれているなら、アレックス王子は約束通りキャロルを探してくれている。嬉しい気持ちを抑えて私は冷静に回答する。

「アングラードには、公になっている子は私以外はおりません」

 この回答なら色々な意味で間違っていないはず。私の答えに納得がいかないのか、私の頬をぷにぷにとつぶしだす。

「公になっていない子の中には?」

「決まりに反します。お答えはできません」

「私の命令だよ」

 ぎゅーっと頬が抑えらえる。笑っているのに目が全く笑っていない。私の頬をつぶすのもやめてほしい。

「き、決まりは、王命です。アレックス殿下の命令であっても答えられないことはあります」

「互いに秘密だ。問題ないだろう?」

 この言葉、二年前にもアレックス王子は言っていた。あの時も決まりを承知の上で、秘密にしようと。押し切られそうになる自信に満ち溢れた物言いと堂々とした態度。二年たっても変わってないな、と思う。

「アレックス。それはやめたのでしょう。もう、懲りたと言ったではないですか?」

 カミュ様がアレックス王子を止めてくれる。どうやら王子は、秘密に手痛い思い出があって、今は反省はしているようだ。私の流血騒ぎがトラウマになったのではないことを願う。ため息を吐いてアレックス王子が私の頬を解放する。乱暴にソファに腰かけて、口を膨らませた。小さいけど完璧な王子様なのに、こんなところは、やっぱりまだまだ子供だ。

「すみません。アレックスは人を探しているんです。貴方の面差しがその子にとても似ているらしくて、焦ってしまったのでしょう。許していただけますか?」

 私は頷く。カミュ様は本当に礼儀正しくて、優しい。アレックス王子のことも止めてくれて、女神さまみたに穏やかな笑顔になんだかとても癒される。カミュ王子が唇に人差し指をそっとあてる。愛らしい唇にうっとりする。

「お答えいただけるなら、首を振ってください。貴方に似た少女は親族にいらっしゃいますか?」

 私の親族……にはいない。いるのは私自身だけ。ずるい結論だけど、私は首を振る。

「ありがとう。貴方は何もしゃべっていません。決まりにはふれていない。たまたま、首を振ってみただけです。そういうことで、ご安心くださいね」

 カミュ様の言葉に私は顔を引きつらせる。引っかけられた。穏やかな優しいペースに飲まれて、思わず質問に首をふってしまった。何の害もないように、にこにこ笑顔で物事を進めるカミュ様は侮れない。……私が「キミエト」対象者に見惚れてガードが下がったわけではないと、思う。穏やかな策士ってファンブックに書かれていたし! 隣でにアレックス王子が得意げに笑っているのが、なんか腹立たしい。

「どうしますか、アレックス?」

「よく似てるから、アングラードの類の者にいるかと期待したんだけどな。仕方ない」
 
 アレックス王子にとって約束は現在進行形。それは本当に嬉しい。でも、今の私はキャロルとして見つかるわけにはいかない。アレックス王子は私とクロードを交互に見つめる。しばらく考え込んで楽しそうな事を思いついた顔をする。その表情に嫌な予感しかない。

「クロード、ノエル。二人に特命を下す! ノエルに似た令嬢をさがせ」

 私とクロードが顔を見合わせる。子供にそんな特命を出されても困る。大体、私にキャロルにもどる予定はない以上、絶対にその特命は果たせない。断固としてお断りしたい私と比べ、クロードの方は迷っているようだ。私と違ってい騎士の家系であるクロードにとって王家の命令は絶対の意識が強い。それでも、急な王子の提案を子供の身で引き受ける戸惑いが、すぐに頷くことを躊躇わせている。助け舟を出そうとしたら、意を決したように拳を握りしめてクロードが先に返事を返してしまう。

「殿下の特命であれば、ノエルと一緒ならお受け致します」

 やってしまった。もう少し早く私が動けばよかった。クロードの回答にはしっかり私の名前も入ってしまってる。今からでも切り抜けられる方向を探さないと大変まずい。

「殿下。令嬢のことはどのくらい情報があるのですか?」

 あの時のことはジルが最後まで対処してくれたと聞いている。もしかしたら、ピロイエおじい様は何かに気づいているかもしれないけど、それを口に出すようなことない。あくまでも私とジル、そしてアレックス王子と三人だけの秘密だ。王子が私について調べたのか、それとも秘密を守り通しているのか気になる。

「わからない。だから、君たちに頼みたい。王都かその近郊に住んでいる貴族。身なりから伯爵家以上の家柄の子だ。君と同じ銀の髪に紫の瞳をしてる。年齢は同じぐらい。それから、彼女には小指くらいの青い猫の宝石を預けてある」

 どうやら、あの時のことは秘密として本当に守ってくれているようだ。全てを詳らかにして権力を行使する方法もあるのに、あの日の自分の持っている情報だけでキャロルを探そうとしてくれている。
 この条件で王都とその近郊の貴族から、公になっていない年の子も含めて探すのとなると、私たちの手に余る内容だ。クロードも難しい顔をしている。

「あの、殿下はその内容でご自分では調査はされないんでしょうか?」

「したよ。だが、見つからなかったんだ」

 すでに、民事院などに照会をかけて対象の少女がいないか探りを入れたが、見つかっていないと告げられる。
 約束を守ろうとしてくれる気持ちは本当に嬉しい。キャロルとしてもう一度会えるなら、あの丘で一緒に駆け回りたい。でも、どんなにお互いに会いたいと思っても、会えない事情がある。胸は痛むけど、私は私が今抱えてるものと未来を守りたい。キャロルとしての未来の僅かな希望は捨てたのだ。アレックス王子には悪いけど諦めてもらう。

「民事院が見つけられないなんて、その子は本当にいるのですか? 勘違いとか、まぼろしではありませんか?」

「ノエル。君、案外失礼だね。いるよ。約束したんだ、絶対迎えに行くと」

「じゃあ、相手が出てこられない事情があるのでは?」

「……」

 アレックス王子が黙り込む。相手の事情にちゃんと立ち止まれる事ができるようになったのなら成長だ。横でカミュ様が苦笑いしている。そういえば、昔アレックス王子が従弟を影武者にしたと、胸をはっていた。影武者はカミュ様のことなのかなと思う。だとしたら、小さい王子には随分振り回されてきたんだろう。自由で行動力のある王子と優しくて振り回されるカミュ様、二人の小さい頃を思うと微笑ましい。
 黙り込んだアレックス王子のかわりにカミュ様が口を開く。

「おっしゃることは一理あると思います。私としては、出られない事情があるなら無理強いは致しません。だだ、できることなら預けてある青い猫は一度返してしていただきたい」

 宝石の小さな青い猫。見たことのない美しい石で、珍しい高い品物なのだろう。アレックス王子とも、再び会った時に返すという約束だった。猫の宝石だけなら、立ち回り次第で上手く返すことはできそうだ。

「わかりました。では特命は、その青い猫が戻ってくるでも宜しいですか? 女の子を探しているうちに本人の耳に入って、届けてくれる可能性もあると思うんです」

「構いません」

「だめだ」

 アレックス王子とカミュ様の意見が割れる。どうやらカミュ様は猫が戻ってくることを優先し、アレックス王子はキャロルに会うことを優先してくれているようだ。

「アレックス、聞き分けてはどうですか? 先ほどノエルがおっしゃった通り、貴方の探してる彼女は何か事情があって、約束を果たせないかもしれないんですよ。それを無理矢理見つけて会おうというのは、可哀そうだと思わないんですか?」

「そうですよ。無理強いはよくないですよ。嫌われますよ」

 カミュ様を援護する。猫はちゃんと返すので、キャロルのことは諦めてほしい。そうじゃなければ、私の決断も無になるし、特命も達成不能に陥る。

「……わかったよ。達成条件は猫の置物が戻ってくるでもいい。でも、特命期間中の探し物の中心は女の子にすること。それならいいよ」

 私とクロードが大きく頷く。私たちが王子からの特命を受けることが決まった。
 その後、どうやって探すのか詳細を詰めてみたのだけど、今年は私もクロードも公になったばかりで挨拶周りなど自分たちの周辺の方が忙しい。王都にいない時もある。それに、捜索対象の子が10歳になっていない可能性だってまだあった。しばらくは、挨拶周りの先々で女の子の存在に探りを入れることぐらいしかできないという結論になる。
 結局、私たちと同級の子がすべて公になる来年から特命捜索は本格的に開始することになった。アレックス王子は今すぐじゃないことに不満で、また私の頬をつかんでぷにぷにしてきたけれど仕方ない。とういか、私の頬をストレス解消に使うのは本当にやめてほしい。どきどきして心臓にわるいし、喋りにくい。

「では、来年以降にもう一度、皆で集まりましょう。いいですね、アレックス」

 アレックス王子は無言で私の頬をぷにぷにだ。クロードがもう心配を通り越して、憐みの目で見ている。カミュ様は慣れているのか、返事を待たずにクロードに次の集まる時の連絡方法を伝えていた。

「私だけが会いたいって思っているから彼女は現れないのかな……」

 アレックス王子が呟いた。私の頬に集中している振りをして無表情を取り繕っているけど、その瞳が揺れている。どんなに自信に満ちて大きく強くみせても、まだ十歳の少年なのだ。私にとって初めてのお友達との約束が宝物であったように、アレックス王子にとっても大切な約束だった。私の都合で約束が守れないことで、傷つけたくはない。

「会いたいと思ってます……きっと。アレックス王子と同じ時間を共有して、約束したんですから宝物です。でも、会いたくて、会いたくても会えない事情があって苦しいです。だから悲しくなることは思わないでください」

 ほら、そうやってきらきらの笑顔を見せられたら、私はとっても苦しくなる。ごめんね、アレックス王子。会いたいけど、会えないんだ。ノエルとしてできることで貴方を助けていくから許してください。

 アレックス王子とカミュ様と笑顔で別れて、王族の控室をようやく解放された時には舞踏会から子供の多くは帰路についていた。私もすっかり疲れてしまって、ジルに聞いてもらいたいことがたくさんあったのに、帰りの馬車で深い眠りに落ちる。疲れた私が垣間見た夢は秘密の丘で遊んだ日の思い出だった。





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