2018年11月17日土曜日

二章 二十七話 恋と職人 キャロル12歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります



 キャロルの姿でゲートを抜ける。もうジルに抱えてもらわずに一人でゲートを抜けることができる。溢れる真黒の靄を怖いとも思わない。闇の属性に包まれている空間にいることが心地良いとすら思う。

「到着です!」

 抜けた先には先触れに出ていたジルが待っていてくれた。今日のジルは片眼鏡をはずして、髪型も初め出会った時と同じ軽い感じだ。いつもよりずっと若くみえて随分雰囲気が違う。遠目ならジルとは思えないかもしれない。

「ジルなんか雰囲気が違います。私こっちの方が好きです」

「お嬢様は今日もとても愛らしくていらっしゃいます。私はどちらも好きですよ」

 顔を見合わせて笑う。既に、領主の館にはオレガ、じいじ、クララが来てくれているという。走り出すと、一昨年まで病気だった人間が元気過ぎるのはどうかと窘められる。
 館で三人と合流すると打ち合わせの為に村に向う。村の集会所にマノンと領民の女性達がビーズを持って集まってくれていた。

「キャロル様! 体調は大丈夫ですか?」

「ありがとう、マノン。元気ですよ。早速、相談を始めましょう」

 出来上がったビーズは3種類。小指爪のより少し小さいサイズを中として、それより更に小さいものと大きいものができている。マノンが作業の改良を繰り返してできたビーズは、領民の女性たちがつくっても均一で美しい珠に仕上がっている。作業も単純にしているので完成量も多い。
 初めに同じサイズのもので、糸に通してブレスレットを作ってもらう。簡単な作業だからあっという間に全員が完成させる。悪い出来栄えではない。玉の大きさもそろっているし、普通に可愛い。マノンに職人の意見を聞いてみる。

「マノン、どう思う?」

「普通に可愛いです。でも普通です」

 やはりと思う。今はアネモネ石自体が人気もあるし、このまま出しても売れるだろう。ただ、このシンプルな作品は、新しいものや特別なものが好きな貴族は簡単に飽きていく不安を感じた。私の意見をマノンに告げる。

「ヤニックを呼んできます。デザインに関しては彼が一番です!」
 
 嬉しそうにマノンがそう言って、集会場飛び出して行く。女性陣から小さな笑いが漏れた。この雰囲気は前世で覚えがある! 女性の一人に早速問いただす。どうやら、マノンは現在ヤニックに恋をしているらしい。

「すごい驚きです。マノン、最初ヤニックはいないもの扱いでした……」

「そうでしたよね。キャロル様が初めにいらしてた時からは想像がつかないですよね」

 女性たちがくすくす笑う。ヤニックからデザインを習い始めた頃からマノンがヤニックを少しずつ好きになっていく気配があったそうだ。でも、本人が気づいてないし全然進展がなかったらしい。

「ここは人が少ないし、恋愛を意識する機会が少ないんです。マノンも好きな雰囲気が無自覚に漏れてるのに、ヤニックも全然気付かないんですよ。最近、新しい職人が入ってマノンが世話を焼くから、ようやくヤニックにも気持ちに変化が出てきたところです」

「好きな雰囲気って出てるんですか?」

「そりゃもう! 特別って感じですね。サミーに注意されるとすぐ言い返すのに、ヤニックに注意されるとすっかり大人しくって。気付かないの本人たちだけですよ」

 そんな可愛いマノンは是非見てみたい。恋の話はノエルだとあまり機会がないなと思う。今日は村の女性たちと恋の経験値をあげることにする。マノンが戻るまで恋愛の話で盛り上がる。時々ちょっと大人向けのお話がでるとジルとじいじが微妙な顔をするのが面白い。

「恋って色々あるんですね!」

「そうですよ、キャロル様!! 突然、ドンと落ちるよに恋することもあれば、ゆっくり育む恋もあります。キャロル様はどれがいいですか?」

「ドンでしょうか?」
 
 今の私に恋なんて望めないし、それなら思いっきりロマンチックな一目ぼれの恋を望む。恋の話は目を閉じたら誰かが浮かびそうな気がした。でも、怖いから考えるのはやめる。

「ヤニックをつれてきましたー」

 明るいマノンの声がした入口を見れば、ほんのりマノンは頬を染めている。確かにとっても分かりやすい。

「お待たせしてしみません、キャロル様」

「ヤニック、相談に乗ってほしいです。このビーズで皆で作れるアクセサリーを考えたいんです」
 
 先ほど作ったブレスレットを見せて、可愛いけどすぐに飽きられそうであることを告げた。ビースをいくつか取り出して手の上に転がすようにしてヤニックが眺める。真剣な職人の目をしたヤニックの横顔をマノンがうっとりと眺めていた。

「まず、最初のデザインはこれでいいと思います。基本があるというのは大切ですし、必ず需要があるはずです」

 そして、いくつかの玉を入れ替えていく、大小の玉を交互にしたもの、少しずつサイズを変えるように並べていくもの、あっという間にたくさんのパターンの組み合わせができていく。
 それぞれのデザインに対して、どれが好きか女性たちに確認していく。案外好みが均等になった。

「もう少し好みが分かれると思いました」

「とてもシンプルな石ですから、幅広く受け入れやすいんです。そして、シンプルで種類が多いということは組み合わせやすくて、独自性が誰にでも出しやすい」
 
 組み合わせて独自性を出す。それなら収集する魅力を煽るような方法もいいかもしれない。ヤニックが自信たっぷりに頷いて、ネックレスであれば長さを変えて用意するのも面白いと教えてくれる。自信たっぷりに自分の意見を口にするヤニックには、ここに来た時に一言も口を聞かず、デザイン画をおずおずと見せるしかできなかった面影はない。

「では、初めに組み合わせがしやすいデザインはどのあたりでしょう?」

 素早くいくつかを選んでくれる。一番最初に同じサイズで作ったものと、それらを組み合わせてみる。確かに組み合わせで雰囲気が違って面白い。最初に一番ベースのデザインと何種類かを同時に販売し、しばらくしたら定期的に新作を投入する方針に決める。母上とリーリア様には全種類渡して色々な組み合わせで社交界に出てもらおうと思う。
 それから、女性たちには値段は職人が作るものに比べてかなり安くはなってしまうが、収入が得られることを説明しする。ビーズ一つあたりの買い取り額を告げて、細かな条件を提示した後、参加したいものを募った。全員の女性が手を上げた。今回作るデザインと本数を伝えて割り振りを決める。
 販売ルートは宝飾店の他に服飾店にも置いてもらう。アネモネ石の売りは精密な細工だが、高価で時間もかかる。細工のないこちらは作りやすい分、手ごろな値段でたくさん買ってもらいたい。その為に幅広い流通を目指そうと決めていた。

「キャロル様、服飾工房にパーツとして卸してみてはどうですかな?」

 じいじが提案する。私が小首を傾げると、目を細めて応えてくれる。アクセサリーとして使うほかに服飾の飾りとしても使えると思ったと。確かに大きめのビーズは服に縫い付けたりして使うのも面白い。前世でビーズを持ち手にしたバッグもあった。パーツとして数十個単位で契約して売ればより安定した収入になる。

「いいですね! 取り入れてみます。ありがとう、じいじ!!」

 今日帰宅したら、パーツとしての販売を早速父上に掛け合おう。収入が増えれば資金も増える。ワンデリアでできることはまだまだあるはずだ。女性たちに解散を告げると、マノンを呼んだ。

「マノン、お疲れさまでした。みんなが作れる環境を整えてくれたことに感謝します」
 
 私の言葉に感極まったように膝をつく。一番厳しいスタートを切ったのがマノンだ。あの日、貴族向けのアクセサリーを作りたいと叫んだマノンに、少し遅くなってしまったが希望を叶えてあげられる時が来た。まだ少しジルやグレイにデザインは不評だけど、私みたいな根強いファンがつくこともあるだろう。

「キャロル様。このまま、新しい商品の開発を続けさせてください」

 先に切り出したマノンの意外な言葉に驚く。その言葉の真意を計りかねて言葉を迷う私に、マノンが続ける。

「ビーズの改良をしながら、父とヤニックの元で頑張りました。でも、まだ足りないんです。職人が増えたけど、一番能力はありません。貴族向けの品の戦力にはなれないと思います。許して頂けるなら、この地の新しい商品を開発する仕事をさせて下さい。私が目指したものと違うこの仕事が好きになってきたんです。あと少しで何か別のものが見えるってはっきり思えるんです」

 月日は人を変えるのだと思った。あの時やりたかった仕事ではなく、私に命じられて課された仕事にマノンは新しい情熱を見出した。そして、ヤニックに恋をした。私の胸はなんだか温かいものでいっぱいになって、自然と笑みが零れる。

「私、マノンのこと応援します。マノンのデザインが好きでした。私が大好きだったすごい発想力でもっともっと頑張れます。マノン、貴方に今後もワンデリアの新しい品の開発を命じます。頑張ってください」

「はい、キャロル様」

 明るい眩しいぐらいの笑顔で答えるマノンの肩にヤニックがそっと手をおいた。一年、二年、月日が積み重なっていろいろなものが変わっていく。私も変わる。人も変わる。いつか、みんなに幸せが訪れますように。

 連続して打ち鳴らされる鐘の音と共に慌てたような足音が村全体に響き渡る。

「キャロル様、大変です! 魔物がでました!! 警邏に出た者の話ですと、シュレッサー領方面から五体程。はっきりとは確認できていませんが、何者かが追われているようです」

 人が追われている。アングラード私兵を呼ぶ時間はないかもしれない。
 
「ジル、クララ。魔物が5体、いけますか?」

 クララは強い。数体ならアングラードの私兵を呼ぶ事無く一人で倒してきた。ジルは風魔法が使える元騎士だ。私の言葉にクララが即座に頷く。従者であるジルは私を守ることが一番の仕事だから、頷くことを躊躇う。追われている者には一刻を争う。

「私がキャロル様を領主の館までお運びしましょう」

 じいじが私を抱える。ジルが頷くと、一礼してクララと共に外に駆け出す。領民が用意してくれた馬にクララが飛び乗る。ジルもまた一頭をすぐに借り受ける。駆ける二人を追うように私を抱えたじいじと、私を守ろうとする領民が領主の館へ急いだ。領主の館につくと、テラスに向かう。

「じいじ、シュレッサー領はあちらですか?」
  
 私は身を乗り出すように、その方向を凝視する。まだ、人影は見えない。激しい爆発音が一つ、寸の間をおいて更に大きな二つ目の爆発音がする。遠く岩山の向こうの地平線から赤い炎と煙が立ち上る。火だ! ジルの魔法ではないし、クララは魔法は使えない。

「あの爆発音は何でしょう?」

「魔物の攻撃にしては爆発が大きすぎますな。規模の割に魔力の動きも全くないようだし」

 地平線に小さな点が五つほど見え始める。誰? ジル? クララ? 私はひたすら二人の無事を願いながら、近づいてくる点を必死で見つめる。ようやく見えてきたのは人影が二つに魔物と思わしき異形の影が三つ。誰かが足りない。そう思うと柵を握る手に力がこもった。
 私の髪の一筋が吸い寄せるられるように風に揺れる。地平線の空気が歪むような感覚と共に、強い風の轟音が鳴り響く。細く天に届く竜巻が現れると、飲み込まれた魔物の二体の姿が消えた。

「ほぅ、従者にするには惜しい者をお連れですね。かなり規模を小さくした上級魔法だ」

 じいじが感嘆の声を上げる。攻撃する為の魔法を初めて見た。剣術以上に時に評価される威力は確かに甚大で、求める者がいるのが分かる力だ。
 影が少しずつこちらに近づいてきて、徐々に様子が伺える様になる。赤茶色の髪に剣を構えるのはクララで、少し遅れるように並ぶのはジルだ。最後の一体の魔物が徐々に二人と距離を詰め始める。
 クララが一度振り向いてから馬の速度を急激に落とすと、最後の一体の横に滑るように並んだ。瞬間、魔物の体が胴から離れる。剣筋は全く見えず、馬を捌くクララの体にぶれはない。魔物が霧のように霧散して、残った人影は二頭の馬に乗ったジルとクララ。追われていた人は助けることは叶わなかった。
 こちらに向かって戻ってくる二人に大きく手を振る。クララの嬉しそうな笑顔がはっきり見えるようになると、ジルの前で馬に覆いかぶさるように誰かが乗っているのが見えた。完全に馬の首に体を預ける様子は意識がないように見える。

「じいじ、負傷者がいます。こちらの館で構いません。休める準備をお願いします」

 手当ができる者を呼びに行く者、お湯や水を慌ただしく用意する者、それぞれが動き出す。私も客間の状態を整えて待つ。ノックの音がして、クララとジルが客間に負傷者を抱えて入ってきた。見覚えのある紫がかった髪は流れる血に汚れている。ユーグ・シュレッサーだった。

「キャロル様、どういたしましょうか?」

 少し途方にくれた様子でジルが問う。まさか放置するわけにはいかないので、ベットに寝かすように指示する。心配だけど、寝かせたら私とジルはここから引き揚げよう。ユーグの怪我のの手当ては領民たちにお願いして、シュレッサー伯爵との連絡はお父様にお願いする。踵を返した私の手を、ベットに横たえたユーグが掴んだ。

「助かったよ、ありがとう。ノエル? いや違うな。女の子だ。君は誰だろう?」
 
 血だらけの顔で面白そうにユーグが笑った。



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