2018年11月10日土曜日

二章 二十一話 子供の忠誠 キャロル11歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります




 迎えに来たヴァセラン侯爵家の馬車に乗り込むと、クロードが嬉しそうに剣の鞘を膝に乗せる。もちろん、先日出来上がったワンデリアの職人がアネモネ石で作ったクロードの剣の鞘だ。リーリア夫人のアクセサリーは、すぐに届けた。鞘はどうしても私がクロードに渡したくて今日まで私の手元に置いていた。

「ありがとう」

 溶けてしまいそうな嬉しそうな笑顔はゲームのスチルでは見られない甘さだ。頬ずりしそうな様子にクロードは本当に剣が好きだなと思う。

「喜んでもらえて嬉しいです。」

「お前と一緒に考えた鞘だ。大事にする」

 お互いに忙しい合間を縫って相談したデザインは、改めて見ても本当にかっこいいと思う。黒い鞘に浮き出る獣は男の子の憧れのリュウドラだ。リュウドラはおとぎ話に出てきたり子供向けな存在だけど、月や雲を配置して迫力あるデザインに仕上げた。できるだけ長く大切に使えるように、大きくなったクロードにも合わせられるように一生懸命に二人で考えたんだ。

「月はノエルだな」

「え?」

「俺はリュウドラみたいに力強い剣になる、ノエルはここにある月みたいによく変わる不思議な剣」

 クロードが鞘に書かれた細い三日月を指さして言う。ここまでの勝負は負け越しているが、緩急のある動きと速さでは少しだけクロードを上回っている自信がある。だからそんな風に評価してもらえるのは本当に嬉しい。

「私の次の鞘は夜空をデザインしますね。リュウドラも夜空を泳がせます」 

 大きく頷いて、私たちは馬車の窓からお城を眺める。街並みはお城に近づくたびに華やかになっていくのに、私とクロードは緊張の為に静かになっていく。今日はアレックス王子との勉強会なので、場所は王族の住まいになる。クロードが小さなため息を落とす。

「緊張でお腹が痛くなりました。帰りましょうか?」

「怒られるぞ」

「クロードはため息をついたので、不敬です」

「……」

 馬車を下りて、王城内を下僕の者が案内してくれる。謁見の間を過ぎて、さらに奥に進むと近衛が警備する王族の住まいへの入り口に辿り着く。王冠を抱いた美しい女神が彫られた堅固な扉だ。

「ようこそお越しいただきました。ノエル様、クロード様」

 近衛騎士が任務中の騎士の立礼で迎えてくれた。右手を左腰に置き左手は下げて浅い礼。不測の事態においていつでも剣をとれる形らしい。近衛の服の白に黒い縁取りは陛下の前において潔白である証。同時に赤い血がつけば目立つため、血が跳ねるような事態を常に監視する目的があるとクロードが教えてくれた。そんな怖い知識はあまり欲しくない。考えた昔の人はどれだけ身の危険を感じていたんだろう。

「この先は王家のお住まいになります。従者の方は誓約を済ませた者しかお連れ頂けません。お二方の従者は誓約済みと伺っておりますが確認を取らせていただきます」

 近衛騎士が文字の刻まれた半球の魔法具を私達に手渡す。ジルが跪いて半球の面を表にして差し出す。私がその面に合わせるように魔法具を乗せるとぴたりと重なる。誓約を行うと主の魔力が従者を縛るので、同じ魔力同士とみなされて半球がきちんと重なるそうだ。同じ魔力ではないと反発しあい重なることはない。同じようにクロードも従者と確認を済ませる。

「さすがは侯爵家ですね。この年齢で誓約をすませた従者をもつとは大変珍しい」

 以前父上、ジル、グレイは公になる前に誓約を済ませる子が多いと言った。近衛の発言とずれがある。ジルを横目でみれば、いつも通りの微笑みをかえされた。このパターンは絶対にたばかられましたよね?
 近衛の先導で王族の住まいに入る。これまでの公の場となる城内とはちがって落ち着いた雰囲気だが、細かいところのこだわりが凄い。ただの白い壁に見えるのに近づくと細かい彫刻が施されていたり、さり気ない所にすごいお金をかけた作りだと思う。
 
「こちらが、アレックス王子の遊び部屋です。どうぞお入りください」

 部屋の前にも近衛が二人控えている。ジルが扉をノックすると、入れと返答があった。ジルとクロードの侍従が左右の扉をそれぞれ開けてくれる。

「わぁ」

 王族の子供部屋。溢れるようなおもちゃと、絵本。カラフルな色彩がとても可愛いい。思わず11歳の私の子供心がワクワクしてくる。

「よくきたな。従者は部屋の前に待機せよ」
 
 アレックスの言葉に、ジルとクロードの従者は扉を閉めて姿を消した。

「久しぶりだな。ノエル、クロード、元気だったか?」

 私とクロードが跪いて礼をとると座るように、とアレックス王子が告げる。久しぶりにみる王子の顔つきが男の子から少年に変わりつつある、また一段とかっこよくなってきた。クロード程ではないけど背も高くなってる。カミュ様は大人っぽさが増したきがする。去年は同じぐらいだった背が明らかに私より高い。

「おや。ノエルより私の方が今年は大きくなりましまたね。嬉しいてす」

 今回は隣にたっての背比べでなくてよかった。破壊力抜群の笑顔をみせるカミュ様とちょっと距離があることにほっとする。
 席に着くと、テーブルの上はお菓子、果物、飲み物がたくさん用意されている。食べ物の山とアレックス王子の顔を何度か確認する。

「勉強会ですよね?」

「捜索会議だよ」

 アレックス王子が苦笑いを返す。

「君たちは評判がいいから、私の父と母も未来の臣下にと期待してるようだ」

 アレックス王子の父と母は次代の国王と王妃になる方だ。そんな二人からの期待は畏れ多い。

「アングラード侯爵、ヴァセラン侯爵は、現侯爵のお人柄も高く陛下も評価されております。シュレッサー伯爵も興味深い家柄ですが、お披露目の後の舞踏会が始まる前に帰られる変わり者ぶりです。ラヴェル伯爵家は演奏は素晴らしいが側近の柄ではありませんし、バスティア公爵はあまりお付き合いしたくないです。だから、仲良く致しましょうね?」

 ふんわりと微笑むカミュ大公の言葉に私たちは逃げられない空気を感じる。バスティア公爵、シュレッサー伯爵、ラヴェル伯爵もそろぞれ攻略者達だ。いずれどこかで会うことになるのだろう。

「それより、捜索について話し合おう」

 アレックス王子が場を仕切りなおす。私とクロードはお互い目線で頷きあう。本題の前に確認したいことがあるのだ。道中の馬車の中で、私はカミュ様が青い宝石の猫にこだわってる事が気になることをクロードに持ちかけた。あの様子なら何か特別なものである可能性が高い、絶対に何なのかを確認すると二人で決めた。

「殿下、一つ伺わせてください」

 クロードが姿勢を正して切り出してくれる。私が切り出しにくいと言ったら、快く引き受けてくれた。一緒に遊ぶ時もいつも、私が困ると助けてくれる。優しいけれど、頼りになり過ぎるのは苦しくないか心配になる。アレックス王子が無言でうなずいて、先を促す。

「お引き受けした青い宝石の猫ですが、一体どういったものですか?」

「知る必要はない」

「……」

 質問は一蹴される。騎士であるクロードにとって、これ以上の質問は不敬にあたる気持ちが強いだろう。それでも、クロードは頷くのを堪えて答えを求めるように王子を見つめ続ける。

「クロード、私は知る必要はないと言っている」

 周囲の温度が下がるほど冷たい声で、質問に答えをくれないアレックス王子に少し腹がたつ。子供同士なら許されるだろうか? まぁ、許されるよね? 十一歳にしてはできすぎる子ばかりで忘れがちになるけど、私たちはまだ子供だ。私はできる限り困った表情を作って、クロードに代わって口を開く。

「では、猫の宝石を私がうっかり落としたり、踏んだりして壊しても怒られませんか? 実は先日、母の大切なブローチをうっかり落とした挙句に、勢い余って踏んでしまいました。粉々です。なんだか、それで怖くなってしまって、これから探す猫の宝石が大切なものならどうしましょう、とクロードと相談していたのです」

「落として、踏んで、粉々。君はバカなのかい?」

「バカではないと思いますが、結構小さい失敗はいたします」

 本当にアレックス王子は時々ストレートに喧嘩を売ってくれる。私は、素知らぬ顔で自分がしたミスのエピソードを語ってアピールをする。クロードも同じように剣術の練習中に銅像を破壊したとか失敗エピソードを語り始める。

「……、知らなくて良いということは、で普通に取り扱っていいですか?壊しても怒られないような品物と理解して宜しいですか?」

 私は最大限無垢に見えるように小首を傾げて問いかける。アレックス王子が私を手招きした。怒られる予感いっぱいで側によって、跪く。王子が私の頬を片手掴む、またぷにぷにだ! 強くぷにぷには痛い。クロードも言ったのに何故私だけ、納得がいかない。

「壊すな。壊されたら困るから、大事に扱え」

「な、にゅ、で、で、ひゅ、か?」

 喋りにくい中で何故と問いかける。王子の手が止まって、ちらりと隣に座るカミュ様を見る。話すかどうか迷っているらしい。

「ノエル、クロード。お話しするので、アレックスに忠誠を誓ってください。この先、王となるアレックスに一生涯の臣下としての忠誠を」

 カミュ様が真剣だ表情で私とクロードに大きな決断を迫る。私とクロードが顔を見合わせた。私はアレックス王子をこの先助けたいとおもっている。大好きな「キミエト」攻略者だから、あの日の約束を守ってあげられないから、そんな理由もある。でもそれ以上に、いるだけで周りを引き付ける威光と、時折見せるまっすぐな素直さはきっといい王様になれると思っている。それに、誓約と違って忠誠は気持ちの問題だ。実質的な拘束が生まれるわけではない。

「私は殿下に忠誠を誓います。善き王様になってください」

 私の頬を掴む殿下の左手をとり、その甲に唇を落とす。殿下が初めての忠誠なのか、少し頬を紅くする。

「ノエル・アングラード。私は善き王になると約束しよう。まだお互い小さいが君を私の最初の臣下にする」

 クロードが私の隣にやってきて、同じように跪く。

「ノエルと共にアレックス王子に忠誠を誓います。剣となり、盾となって貴方と貴方の周囲の者を守ります」

「クロード・ヴァセラン。君は私の二人目の臣下だ。研鑽を積め、頼りにしているぞ」

 深くクロードが頭を下げてから、殿下が右手を差し出すと甲に口づけた。カミュ様が満足そうに横で微笑む。私とクロードはこの日、子供同士のやり取りだけど正式に臣下となった。

「それでは、青い宝石の猫についてお話します。お二人とも席に戻ってください。あれは、上位三人の王位継承者が持つ「王の慈悲」とよばれる秘宝です。 中には生まれた時に零れ出た魔力とエトワールの泉の水が含まれているそうです。王族の切り札とされていて、割ると大規模な魔法が発動します。基本は怒りならば戦を終わらすだけの攻撃魔法、慈しみなら戦火に傷ついた人や土地を癒す回復魔法です」

 随分すごいものを預かってしまった。王家の秘宝の話を聞いたクロードの顔色も悪いけど、実物を持たされている私の顔色はもっと悪い。

「はい! お願いをさせて下さい」

 私は思わず手を上げる。どうぞ、とカミュ様が優しく微笑んで促してくれる。少し今の笑顔で癒された。

「絶対壊さない努力をしますが、アレックス殿下にはできるだけ慈しみの心でいて頂きたいです。私たちもですが、今の持ち主の女の子がうっかり壊したら大惨事は嫌ですよ」

 とりあえず、帰ったら保管場所を絶対に変えよう。壊した時に我が家が大惨事になるのは絶対に嫌だ。その質問にアレックス王子が微妙な顔をする。そんな顔をせず頑張ると約束してほしい。私の心の平穏の為に。

「私じゃだめなんだ。女の子に渡したのは私の秘宝じゃないんだ。……カミュのだ」

「なんで、人の秘宝を知らない女の子に預けるんですか!!」

「間違えたんだ……。色が同じだから、形は違うんだけど動物だし。私のはウォルハだ。ちょっとにてるだろ?」
 
 上目遣いでそんな悲しい目で見られても困ります。ウォルハはオオカミに似ている動物だ。猫と似てる? 耳は上に生えてるけど……私は、アレックス王子を無視して、カミュ様にお願いの為に視線を向けた。

「ノエル、私は実は内心で大変怒っております。壊れたら大惨事だと思ってくださいね。一日も早く私の手元に戻ってくるのを心よりお待ちしております」

 カミュ様が花のほころぶ艶やかな笑顔を浮かべて、アレックス王子がうな垂れた。優しい人は怒らせると怖いという。そういえば、母上も怒るとすごく怖い。私が男の子になった日は父上の頬には立派な青あざができた。全力で一日も早くお返しすることを心に誓った。

「まずは、お二人が挨拶に伺った先で女の子の噂はなどはありましたか?」

 果実水に口をつけながらカミュ様が質問する。私とクロードが首を振る。あるわけがない。私がノエルとしてここにいる限り、キャロルの情報が見つかる事はない。

「舞踏会の方は、私とカミュが参加したがいなかった」

 子供の身での隠れてできることは少ない。私たちの間に沈黙が落ちる。民事院の検索もだめで、私とクロード挨拶回りでも見つからず、舞踏会には現れない。

「アレックスが正式に婚約者としてその方の容姿を公開しますか? 探しています、にしたら両手で余るほど出てきますよ、偽物のも含めてね」

「冗談はやめてくれ。国が混乱する」

「でも、偽物は偽物とわかるでしょ? まさか、そんなに頑張って探してる女の子の顔を忘れたなんてないですよね?」

「……分かるよ」

 なんだか、カミュ様に笑顔でいじめられているアレックス王子が可哀そうになってきた。絶対見つからない物事なら、せめて前に進もうとしていると思いえる状況を作ってあげたい。

「はい! カミュ様提案です! アレックス王子と女の子が出会った場所にみんなで行ってみるのはどうでしょうか?」

 ほら、前世の2時間ドラマでよく言ってた「現場を徹底的にあらいだせ!」「犯人は現場にもどってくる!」だ。別に私は犯人ではないけど、秘密の場所は貴族の子がよく利用するとモーリスおじい様がいっていた。女の子が再訪していたっておかしくない。私は素早く計画をする。再訪した私は、王子に会えないなら何をする? 必ず、何かを残す。自作自演「秘宝返還計画」。
 それに、みんなで手掛かりを探しに行くのは前向きな感じで遠足みたいで楽しいよね?






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