2018年10月27日土曜日

一章六話 我が家の事情 キャロル8歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります




 お母様の品を私が頂くことが決まると、おじい様は嵐のように帰っていってしまった。あまりに慌ただしく帰宅してしまった為、ジルに来ていただくお願いはできなかった。

 夕方にはピロイエ家から、お母様が使用した剣や稽古着、靴、盾、さらには鎧まで届く。どこに運ぶか決まってなかったし、早く中が見たくてホールで包みを開いてしまう。いずれも古いものだが、丁寧に手入れがされていて使用できる状態だ。お母様がどのくらい家族に愛されていたのかが伺える。

「キャロル、ただいま帰りましたわ。わあーっ」

 本邸より帰ってきたお母様が小さいころの道具に飛びついた。一つ一つ取り上げて、少女のように目をきらきらとさせる。この様子なら、お願いを聞いてもらえるかもしれない。私は切り出すきっかけを見計らう。お母様は一本の細身の剣を取り出すとその刀身をうっとり眺めて、頬ずりしそうな様子だ。

「懐かしい。お父様に作っていただいた私専用の剣。どうしてこちらに……」
「おじい様から頂きました。私、お母様から剣を習いたいのです」
「よろしくてよ」

 あっさりとお母様が返事をしたので、思わず拍子抜けしてしまう。お父様にお願いして三か月……。

「キャロルはどうして剣をならいたいのかしら?」
「私、強くなりたいんです! 騎士の方よりももっと強く。大勢に囲まれても、魔物に囲まれても一人で切り抜けられるぐらい強く!」

 せまる未来に何が起こるかわからない。没落して行方不明になる時のシチュエーションを予測する。魔物でも、盗賊でも、暗殺でも何があるかはわからない。とにかく強くなって備えるしかない。

「わかりました。剣を学ぶ気持ちはそれぞれ。貴女なりに理由があるなら構いません。ただ、お母様とお約束をして下さい。剣は守ることも、傷つけることもできます。強くなれば容易く剣を頼りたくなる時もあるでしょう」

 お母様な私の頭を指先で軽くつつく。

「知恵があれば、剣に頼ることなく目的を達することができる機会は多くあります。私が剣を抜きたくなった場で、知恵と言葉で無血で乗り越えた人を見ました。キャロルも剣に頼らず乗り切る知恵も身につける努力をすると約束してください」

 私は力を込めて大きく頷く。お母様は次に私の胸を指す。

「それから心を強くすること。剣も知恵も通じない時、最後の力になるのは心です。信じる心、立ち向かう心、あきらめない心、愛する心、どんな心でもいいです。逆境であなたが強く自分を持てる心を見つけてください」

 お母様は私に諭すとき、いつか遠くを思い出しているように見えた。それはおじい様が言っていたお母様の昔話に関わることなのだろうか? 後でゆっくりお父様に聞いてみたい。

「お母様、必ずお約束致します。剣と知恵と強い心、全部頑張ります」

では、といって母が手招きしてくれる。
小さい稽古着の中から私に合いそうなサイズのものを選んで、木の剣と共に渡してくれる。

「お父様が帰ってこられるまで、せっかくなので受け身と素振りの仕方をここで教えて差し上げますね。着替えてらっしゃい」

早速のレッスン。お母様は満面の笑顔でやる気たっぷりです。



「僕の天使と女神、ただい……」

お父様が玄関ホールで固まった。仕方ないとは思う。愛する天使と女神が木の剣を持って玄関ホールで受け身の練習をしているのだ。

「おかえりなさい、レオナール。キャロルはとっても筋かいいわ」

 運動には自信がある。最初こそ室内育ちの体は苦労したけど、三か月自分なりにトレーニングを続けてきた。体力だってついたし、前世でずっと続けてた器械体操もこっそりベットで試してみた。体が軽い分なんでもできた。

「お父様、お母様に剣を教えて頂くことになりました」
「良かったじゃないか、キャロル」

 お父様が狸の笑顔を見せる。絶対、そんなに喜んでない。お父様はお母様が剣が好きなのは知っていて、私のお願いを隠してた。

「お母様が剣を使えるのを知っていたなら、早くお母様に私のお願いを伝えて下されば良かったのに」

 私は可愛く見えるように膨れっ面をして、お父様に恨み言を言って意地悪をしてみる。

「キャロルは私によく似ているね」

 呆れたような笑顔でお父様は呟いて肩をすくめる。私は納得がいかない。

「ソレーヌに剣のお願いを教えたら、私の天使と女神が二人して剣に夢中になりそうだったからねぇ。お父様としては複雑だったんたよ。ごめんね、キャロル」

 お父様が謝って、頭を撫でて下さる。私はにっこり和解の笑顔を向ける。お父様はお母様と私が大好きなのだから仕方ない。

「お父様、私が上手になったらお手合わせしましょうね」
「……女性に向ける剣は持たないんだ」

  最上級の笑顔で答えるお父様の後ろで、お母様が口元を押さえて肩を震わせていた。
 これで剣の先生は見つかった。あとは、お勉強の先生。これはお母様に知られた方が早く片付きそうだ。

「お父様、あとは勉強やマナーを教えてくれる先生がまだですよ。早く見つけて下さい」
「あら、キャロルはお勉強の先生も欲しいの?」
「はい。たくさん学びたいです。お母様も先程知恵をつけるようおっしゃてましたよね。私、頑張るのでお願いします」
「10歳になってないから、先生となると身内の者にお願いしなくてはならないわ……。私の身内ピロイエ家は録なことを教えないから紹介できないし……」

 お母様の顔が曇る。私はふと気づく。ピロイエ家のモーリスおじい様、亡くなってしまったおばあ様、伯父様たちの記憶はあるのに、お父様の身内であるアングラード家の身内の記憶は全くない。

「さて、私はお腹が空いてるんだが? 二人は剣の練習より、私のお腹を優先してくれるね?」

 お父様の言葉で、お願いの話は終わりそれぞれ支度をすませて夕食の席につくことになった。
食事の席ではいつにもましてお父様が楽しいお話を語る。笑いと穏やかな空気。でもお父様のその明るさが、先程の話を蒸し返したくないからであることを私は理解する。

湯浴みをすませてから、お父様、お母様にお休みなさいと挨拶をして自室に戻る。

「ねぇ、マリーゼ。先程の話で気づいたのですが、アングラードのおじい様、おばあ様はいらっしゃらないのですか?」

 マリーゼに切り出してみる。お母様付きの侍女てあるアリアの娘だから何か聞いているかもしれない。

「ご引退されてから、遠方の領地にいらっしゃると伺っております。大旦那様も、大奥様も遠方ゆえにキャロル様となかなかお会いできずに寂しくお思いでしょう」

 マリーゼが教えてくれる。でも、それは事実ではない。幼い私の為の気遣いを含んだ回答だ。
 この屋敷の誰もアングラードのおじい様、おばあ様のことを口にした記憶はない。お誕生日の贈り物もお手紙すら私はアングラードの名を持つ者から受け取ったことがない。お父様はアングラード家当主として名を継ぎ、いづれは宰相にと噂される程の人だ。なのにアングラードの誰もが我が家に近づかないのには何かしらの理由があるはず。

「いつかは会ってみたいですね。今日は疲れたのでもう寝ますね」

 そう言ってベットに入る。すぐにマリーゼがケットをかけてくれる。

「お休みなさいませ、お嬢様」

 明かりを落として、そっとマリーゼが退出した。私は頭までケットを被ると額の傷にふれる。変顔を代償に、活躍の場のない私の力を頼る。探したいのは、悪役令嬢、キャロル・アングラードの設定だ。
 ファンブック、ウェブ、ツイート、前世は情報発信媒体が多い。私が見られるのは、私が目を通した情報だけ。それでも、見落としたり記憶に残っていないものがあるはず。
 丁寧にキャロル・アングラードの名前で呼び起こしていく。バン、バン、バン、頭の中で再生される前世の記録は悪役令嬢ゆえに少ない。それでも、今まで知らなかった私自身の情報がちらほらと見つかる。

「えっ……」

 私は思いがけない情報に背筋が凍る。公式ツイートで、たった一度だけ触れられたキャロルの過去。

 アングラードの家の没落は母親を10歳で失う事が始まり。
 愛する妻を失い、権力に固執していくキャロルの父。
 冷たい家庭で歪んでいくキャロル。
 そんな設定が悪役令嬢のキャロルにはあったんです!(@キミエト裏話)

 たった一言の呟きに書かれた悪夢みたいな設定。何それ。何なの? お母様を10歳で失うなんて絶対に嫌! 私はケットから身を起こすと、部屋を出た。突然の悲しい情報に私は今すぐにお母様に抱き締めて欲しくなった。
 泣きそうな顔は誰にも見られたくなくて、足音を忍ばせて廊下を歩く。お父様の書斎から明かりが漏れている。近づけばお母様の声が聞こえた。

「……ために。ごめんなさい、レオナール」
「私が勝手にしたことだ」
「でも、それは私たちをを守るためでしょう」
「私のためだよ。私にはソレーヌとキャロルが必要なんだ。」
「ありがとう。でも、お母様は今度はきっと許してくださらない……」
「言っとくが、君以外の女性を伴侶にするつもりは永遠にない」

 弱気な言葉を漏らすお母様に、お父様が力強く言い切る。

「愛してるわ、レオナール。でも、いづれ公になれば必ずお母様は私を……」
「私の権力も増してきてる。あと2年。キャロルが公になるまでには必ず、母の好きにはさせないようにする。私を信じて笑っていておくれ」
「レオナール」
「ソレーヌ、愛しているよ。私の女神」

 お父様のお母様への愛の言葉に私は思わず赤面する。抱きしめてほしいけど、今のお母様にはお父様がそばにいるのがきっと一番だ。私はそっとその場を後にする。
 今の会話でアングラード家の親類と私が接触することで、何かよくない事態がおこることは理解できた。けれども、何もしないままでも、設定の通り私が2年後に公になった時にお母様を失うことになるだろう。
 それは多分、今の会話から自然な病や事故ではない。アングラードのおばあ様が関わって起きる何かだ。

 剣、知恵、強い心。私はまず、お母様を救う。

 部屋に戻ると机の上には、ジルからもらったジュエリーケースが月明かりに照らされている。楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと。今日はいろいろあり過ぎて、ゆっくり眺める暇がなかった事を思い出し、そっと手に取る。白い大輪の花の形は前世の八重咲きのアネモネによく似ていると思う。
 額に触れて、昔読んだ花言葉辞典を思う。白いアネモネの花言葉に「真実」「希望」を見つける。「希望」それは今の自分に一番の言葉だ。

「ジル、ありがとうございます。元気が出ました」

 ジュエリーケースをそっと抱きしめると、からリと小さな音がする。開けば、青い宝石で作られた猫が入っていた。

「僕が必ず10歳になったら、君を迎えにいく。だからそれまで預かっていて」

 そう言って少年がくれたものだ。ジルが預かってくれて、この贈り物に忍ばせてくれたのだろう。
 小指サイズの猫はよく見れば瞳に黄色の宝石が入っていてかなり高価なもだということが伺える。

 金色の髪に紺碧の瞳、貴族の中でも更に上質な服。我が家から馬車で30分でたどり着く秘密の場所。
 ジルの戸惑い。8歳の私には見えていたんかった真実が浮かび上がる。

「アレックス・マールブランシュ……」

 多分間違いない。明日、地図をみて秘密の場所を確認する必要はあるけれど、答えには自信があった。
 とても大好きだった「君にエトワール」の攻略対象。この国の第一王子。



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