2018年10月17日水曜日

一章一話 誕生日プレゼント キャロル7歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります





 私、キャロル・アングラードはもうすぐ8歳になります。今日は母方のモーリス・ピロイエおじいさまから素敵なプレゼントをしていただくお約束です。

 早朝から、カーテンをきっちり閉めた馬車にのり、秘密の場所に向かいます。
 昔の王様が10歳になるまで私たち貴族の子供は公にしてはいけないとお決めになったので、今まで屋敷から出たことがありません。こっそりカーテンを開けて外の様子も見たかったのですが、それは我慢です。
 プレゼントはおじいさまが貸切ってくださった秘密の場所で、思いっきり外遊びをすること。ちゃんと着けば、今日はお外に出て遊べるのです。

「おじいさま、本当にお外に出てもよろしいのですか?」

 決まりを破ることになるので、少しだけ不安に感じておじいさまに尋ねてみます。

「大丈夫。昔に比べて子供を隠す決まりは厳しくないから」
「そうなのですか?」

「決まりができた頃は、この国でたくさんの争い事があった。その争いの中で、子供が狙われるひどい事もたくさんあって定められた決まりだ。今はもう昔と違う。国は安定し、子供を狙うようなひどい事をするものはおらぬ」

「昔の王様は子供に優しい方だったのですね。安心して暮らせる時に生まれて幸せなのです」

 おじいさまが優しく笑ってくださりました。黒縁眼鏡の中で細い目が、笑うとぴったり閉じてなくなってしまいます。

「決まりがなくなったわけではないが、今は秘密にできれば誰も何も言わない。他の貴族の子も同じように、秘密の場所でこっそり遊んでおるから安心おし」

 それを聞いて私はようやく安心いたしました。
 でも秘密は守らないといけないので、着く前に誰かに見つかるわけにはまいりません。
 おじいさまのお膝にのり、最近覚えたお作法やまだ上手にできない刺繍のお話をおじいさまに聞いていただくことにします。

「そうだ、キャロル。向こうについたら、おじいさまはお仕事で一つ用事ができてしまったんじゃ」

 おじいさまは、残念そうに眉毛を下げます。
 私は全然大丈夫です。お外で遊べれば問題なしです。

「儂がいない間は、部下を一人そばにつける。何かあったら彼を頼りなさい」

 先ほどお見かけした青年を思い出します。あまり表情をお出しにならない涼やかな風情の方でした。おじいさまの部下ということなら、騎士様なのでしょう。あまり強そうには見えませんでしたが。

「わかりましたわ。馬車を降りたら、きちんとご挨拶をいたしますね」

 貴族の令嬢として成長したところをお見せしなくてはいけません。私ももうすぐ8歳、2年後には社交界にデビューです。アングラード家の令嬢としてたくさんの方とお会いしてふさわしい方と結婚できるように頑張らなくてはならないのです。それが、大好きな方であったら嬉しいと私は夢見ます。

 馬車がスピードを落として止まりました。御者が何者かと話す気配がいたします。
 門が開けられる音がして、ゆっくりとしたペースでまた馬車が動き出します。

「さて、もう敷地にはいったようだな。キャロルは降りる準備をしなさい」

 おじいさまのお膝からおりて、馬車の中で身支度を整えます。くるくるのくせ毛は邪魔にならないように、高い位置で侍女に二つに分けて結んでいただきました。初めてのズボンはなんだか不思議。でも、とても動きやすい。ポケットには小さなハンカチーフと何でも包んで持ち帰れるように大きなスカーフを忘れずにいれます。変わった木の実やお花がたくさん持ち帰りましょう。

「旦那様、到着いたしました」
 
 馬車が完全に止まると、御者から声がかかります。

「うわぁ」

 なんて素敵なのでしょう。降り立ったのは小さな庭園ですが、奥のほうに小さなアーチが開かれていて、自然な感じの小道が丘までずって続いているのが見えます。
 胸がどきどきしています。こんな風に遠くまで続く場所は生まれて初めて見ました。

「おじい様。行ってもよいですか? あのアーチの向こうの丘は遊んで良いところなのですよね?」
「ああ。行っておいで、可愛いキャロル。さて、今年のプレゼントはおじいさまが一番だろう?」

 「いっておいで」の言葉をきくと、おじいさまの言葉を最後まで聞かずに駆け出しました。ちょっとだけ振り向くとおじいさまが肩をおとしています。お仕事に行きたくないのでしょうか?

 どこまでも、どこまでも「果て」がないのか気になって一生懸命に走ります。生垣のアーチを抜けると、私に負けないぐらい背の高い草の中に道が続いていました。見たこともない草木はとても元気があります。
 丘に向かう坂道はさすがに少し息が苦しくなってしまいました。でも、我慢です。頑張って登りきるのです。
 登り切った丘の上は色とりどりの花が広がっていて、遥か向こうまでずっと続くので私は思わず叫んでしまいした。

「すごい! どこにも塀がありません! 大地がまあるく見えます!」

 走るのはもう限界で、私は「果て」を見るのを諦めて座り込んでしまいます。ちょっとお休みいたしましょう。
 付いて来てくださった部下の方は息一つ乱していません。 
 失礼します、とおっしゃって、そっと私の額の汗を拭ってくださいました。大変紳士です。

 休んでいる時間も惜しいので、見たことのない花をたくさん使って、ブレスレットに編んでいくことにします。お母様、お父様、おじい様、屋敷の使用人たち、みんなへのお土産用にいたしましょう。
 吹き抜ける風は涼しくてとても気持ちがよいのです。
 ブレスレットが完成したので、一本だけを残して用意してきた大きなスカーフに包みます。
 作っている間に、大変なことを気づいてしまいました。令嬢としてあるまじき失態です。
 おじいさまの部下の方に、ご挨拶をしていませんでした。先ほど汗を拭いてくださったのに、私のバカ。

「お預かりしておきましょうか?」

 包みを見て再び優しく声を掛けてくださいます。物腰も上品でに優しい笑顔の騎士様。お父様やおじい様とはなんだか何かが違います。あまり強くなさそうなどと内心で思ったり、ご挨拶をしなくて申し訳ないです。名誉挽回せねばなりません。

「ありがとうございます」

 お礼を言ってスカーフをの包みを預けます。勇気をだして、恥ずかしがってはいけません。貴族の女性としてしっかり背中を伸ばして、余裕のある笑顔を浮かべます。

「遅くなり大変失礼いたしました。キャロル・アングラードと申します。とても素敵な場所に夢中になりご挨拶を忘れておりました。これを……お詫びに受け取っていただけますか?」

 短くふんわりしたズボンの横をほんの少しつまんで、片足を少し後ろに引き膝を柔らかく曲げる。先週たくさん練習した淑女の礼をきちんととる。スカートではないのできれいに見えるか少し心配です。でも、心配な気持ちは気取られてはいけません。
 笑顔を浮かべて 花のブレスレットを青年に差し出します。
 謝罪を兼ねて、青年の柔らかな琥珀の髪と若草の瞳にあうように、黄色い花と白い花を4つの葉と織り混ぜたデザインの自信作です。

「ジルとお呼びください、キャロルお嬢様。貴方様の騎士となり、一日お守りさせていただくことをお許しください」

 青年騎士様のお名前はジルとおっしゃるそうです。その場に跪くと、右手を胸に当ててきちんと騎士の礼をとってくださいました。素敵です!
 更にジルは左手を差し出してくださります。騎士が主が忠誠を誓うときに左手にタイや腕輪をいただく真似ですね。ちゃんとマナーの本に書いてあったのを覚えております。なんだか大人になった気分で心がふわふわ、とっても嬉しくなります。

「ジル、よろしくお願いいたします」

 なんだか頬が熱少し熱くなりました。走ってないのになぜでしょう? ジルは先ほどの笑顔よりちょっと楽しそうな顔をしてこちらを見ております。優しい笑顔も素敵ですがそんな可愛い笑顔も似合っています。
 どきどきしながら、無事にブレスレットをつけおえると、お芝居めかしてジルは丁寧に頭を下げます。

「ありがたく身につけさせていただきます。楽しい一時をお過ごしください」

 もう、これだけでなんだか特別な一日です。でも、きっとまだまだ楽しいことがいっぱいあるのです。

「では、元気も戻りましたので、今度はあちらの木に登ってみたいです。騎士様お供ををお願いします!」

 目指さす先は一本の木。丘の上の花畑の中に、一つだけ植えられております。お屋敷にも木はあるけれど建物より低くて、興味は引かれませんでした。この木の大きさなら見晴らしも良くて、お気に入りの挿絵のように遥か彼方を見通せるはずです。
 ジルと一緒に木を目指して再び駆けだします。

「お待ちください、お嬢様」

 あと少しで木の幹に飛びつけるのに、ジルが止めました。笑顔を消して、目を細めて木を睨んでいます。一体なにが起きたのでしょう? 不安になりジルの手を握ります。

「今から決してお名前をお出しにならないでください。決まりに触れることになるかもしれません」

 私が頷くのを確認すると、ジルは厳しいお顔で左手で空を払う仕草をいたします。
 さわりと木の葉が風にゆれました。もう一度同じ動作を繰り返すと今度はざわりと揺れます。
 初めて間近に見る魔法です。風がジルの手の動きにあわせて吹き付けます。ジルは風魔法を扱えるのです。
 何もおこらない状況にジルはため息をつくと、更に同じ動作を繰り返します。今度はざわざわと枝が強い風に揺れだして、離れている私の髪も揺れました。

「まて!やめろ!!」

 木の中から高い子供の声が響きました。

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