2018年10月19日金曜日

一章三話 ハッピーバースデー キャロル8歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります



 エトワールパーティー当日
 参加者たちは美しいダンスの余韻に静まり返っていた。
 彼らは進み出ると彼女の前に優雅にひざまずく。

「愛しているよ」
「愛しております」
「愛してるんだ」
「愛してる」
「愛してるからね」
「愛してるみたいだね」

 6人の主要キャラクターの甘いボイス、未回収の全員が跪いて告白するスチルに私はその場に倒れこむ。

「きた。きた。きた。全員攻略エンディング到達! うわぁあ、鼻血が出そう、どうしようー」
 
 転げまわりながらクッションを抱きしめて叩く。溢れる思いの行き場が見つからない。
 時々ガツンと音をたてて床にリモコンを打ち付けてしまっているけど、気にする余裕はありません。
 一昨年発売されてから嵌ってしまってる恋愛シュミレーションゲーム「君のエトワール」通称「キミエト」の主要キャラクター6人全員同時攻略達成。
 恋愛パラメーター以外に複数のパラメータを行動コマンドで上げていくシステムは努力が報われる感があって好きだけど、ランダムアップだし、イベント発生には微妙な誤差があるからとにかく大変だった。
 困難を達成したこの喜び!私を褒めてあげたい!

「長かったよー。嬉しいよー。専用の告白ボイス、スチルも一枚回収。あとは、エンディングスチル回収で、「キミエト」フルコンプ……」

 意気揚々とリモコンのボタンを押すけど、エンディングに進まない。画面がかわらないのだ。
 
「あれ? あれ? あれーーー?」

 振っても軽くたたいても何の反応もしない。画面に乱れはなく、本体に耳を近づけて異常な音はしていないことに一安心する。
 横目でちらりと、興奮のあまりに先ほど床に打ち付けてしまったリモコンを見る。うん、原因はさっきのあれだろう。今度は自分を叱ってやりたい!!
 やり直しという言葉が浮かぶけど頭から振り払う。特別な告白ボイスと2枚のスチルの存在を公式が公言していたから、挫けず頑張ってこれたけどもう一度挑戦はさすがに心が折れてしまう。前向きに、ここは別の手段で何とかしたい。
 時計を見ると時間はまだ夕方で、ゲームを立ち上げたままにして、最寄りの電気量販店で新しいリモコンを購入するのが一番良さそうだと判断する。
 すぐにコートを羽織って、通勤バッグから財布を取り出す。お給料前なので少し出費が痛い。来週提出予定の未完成の企画書も見えてしまった。今から出かければ確実に今日は仕上がらないと思う。見てない、私は財布しか見ていませんよ? 期待して任せてくれた上司に少し後ろめたいけど。
 支度を整えると自室を出て居間に向かった。

「お母さん、わたしちょっと出かけてくるね」

 居間にはお父さん、お母さん。珍しく兄まで揃っていた。

「あら、どこに行くの?」
「ん、電気屋さん。ゲームのリモコン壊れたから買いに行ってくる。」
「今から? 明日、お仕事の帰りによって来てもいいんじゃない?」
「うーん。ちょっと急ぎたいの」

 一日放置は遠慮したい。というか放置したら明日は仕事が手につかなくなりそう。掃除に入ってきたお母さんが消しちゃうとか絶対ありそうで怖い。

「美都。コンビニでアイスかって来いよ。暖房の効いた部屋でアイスって最高の贅沢だと思わねぇ?」

 テレビで少し前に劇場で公開されていたドラマの続編を見ながらお兄ちゃんが声をかけてきた。
 休日に家にいるなんて珍しい。彼女とデートじゃないのかな? もしかしてふられた? ついつい邪推したくなる。
 一緒にビデオを楽しんでいるお父さんも便乗する。

「お父さんもアイスがたべたいなぁ。美都、千円出してあげるから皆の分好きなのを買っておいで」

 うん。高いアイスかったらお釣りも残らない。二千円なら行くかもしれないけど、千円ではお話になりません。

「お断りします!! みんな、今から私が帰ってくるまで電気をたくさん使わないでね! ブレーカー落ちたりしてたら恨んじゃうよー!!」

 慌てて家を出る。用事を頼まれるのも困るけど、我が家のブレーカーが心配。これからお母さんは夕飯の準備をはじめるし、お兄ちゃんもビデオが見終われば自室に戻って暖房をかける。お兄ちゃんはエコの発想がないから、暖房の設定温度が高い。貧弱なブレーカーが落ちてゲームの電源も落ちる嫌な未来が見える。
 一刻も早くリモコンを購入して帰宅しなくてはいけないと、大通りではなく近道の細い一歩通行の路地を今日は選ぶ。
 私にとって、いつも通りの日常。大通りの方がよく使うけど近道だって、結構使う。慣れた土地、当たり前のいくつかの選択肢。急いでいたけど、走っていたわけでもない。
 それなのに、最悪な瞬間が訪れる。
 鈍い音、一瞬の激しい痛み、走馬灯のように私の産まれてからさっきまでの記憶がめぐる。
 目に映る空、そしてコンクリートの地面。

「ア…イス。か…わ…なきゃ。リ…モ…コンも……」

 目を開いているはずなのに真っ暗闇しか映らない。痛いのに痛いと感じない。私変だ。死ぬのかな?
 大好きな「キミエト」。自分への期待を込めて任されていた未完の企画書。勝手だけど本当は優しいお兄ちゃん。いつまでも嫁にいかずに家にいていいと笑うお父さん。子供が元気でいてくれたらそれで幸せと言ってくれたお母さん。
 ごめんなさい、と謝りながらもっと生きていたいと暗闇で願う。
 今にも消えてしまいそうな意識ががふわり温かいものに包まれた。
 生きることができたなら、今度は決して後悔を残さない。誰も泣かせない。
 それが、美都としての私の最期の記憶になった。





 意識を覚ますと、熱っぽくて頭の中は靄がかかったようだった。

「キャロル? キャロル?」

 目の前に不安そうなのお母様の顔が見える。私の小さな手を包んで握りしめてくれていた。お母様の背後からお父様も心配そうにのぞき込んでいる。一人っ子だから、お兄様なんていないのにそれが悲しい。

「お母様……お父様……」
「あぁ、目を覚ましてくれてよかった。怪我はたいしたことないはずなのに、熱が下がらず目も覚まさないから。死んでしまったらどうしようって、本当に本当に心配したのよ」

 お母様が私を優しく包む。お父様も髪をそっと撫でて優しく笑いかけてくれる。

「お誕生日には目を覚ましてくれたんだね……良かった。生まれてきてくれてありがとう、キャロル」

 私は生きている。生まれてきて愛されて大切な人に囲まれている。頭の中はまだ霞がかかったようで、入ってくる言葉の半分がすり抜けていくけども、生きていることがうれしくてしかたない。
 
「私……今度は絶対に先に死にません。もう、後悔しません。絶対にみんなを笑顔に幸せにするんです。頑張るのです」

 口に出してちゃんと伝える。そして必ず叶える。

「キャロル、大丈夫よ。すぐに、ちゃんと元気になるから。頑張らなくてもあなたがいてくれたら私たちは幸せよ。」

 お母様が美しい手でわたしの頬を優しくなでてくれる。いつか遠い昔に知っていたのは、もう少し荒れた手。違う手だけど温かいぬくもりと幸せといってくれる言葉は同じ。安堵して私は再び眠りに落ちていった。





 大好きな「キミエト」のメインソングをクラッシック風にアレンジした曲が流れるホールで、美しく踊る攻略対象の王子とヒロインの姿に私と同じように多くの人が見とれている。

「はぁぁ、キミエトの夢が見れるなんてわたし幸せ。王子が、ヒロインちゃんが動いてます」

 小さな声で思わず呟いてしまう。本当は叫びたい。何度も画面の中で見たスチルが目の前で動いているんだから堪らない。ホールの真ん中で「キミエト」愛が叫びたいんです。
 この後は、ヒロインが攻略したキャラクターが告白するシーン。ぜひ見てみたいので夢ならまだ冷めないでほしい。
 そんな私に一人の令嬢が厳しい顔で身を寄せてくる。

「一体どういうことなのでしょうか。あの女と殿下がラストダンスを踊るなんて許せませんわ。」

 ヒロインは教会の孤児院で育ちで、お祈りの際に光魔法が発覚。魔力も高いことがわかり素質を買われて男爵家の養女となったとファンブックに設定が書かれているのを思い出す。
 その出自はゲーム内でパラメータが高くなっても、他の貴族令嬢からは受け入れられずに爵位が低い、元孤児と言われ続ける。最後のエトワールパーティーイベントでさえ開始直前にライバル令嬢から「忠告致します。ご自身の立場をわきまえた振る舞いをなさいませ」などと言われてしまっていた。
 出自の低いヒロインが後ろ盾もなく殿下と結ばれるのはそこで幕を閉じるゲームだから甘く酔えるけど、現実だと大変だろうなぁ。夢がリアルでついシビアなことを考えてしまう。

「もっとふさわしい方がいらっしゃると私は思っておりますの」

 令嬢はさら真剣な表情でこちらをのぞき込んでくる。中学生時代に友達が○○先輩に○○は似合わないとか、俳優の○○とアイドルの○○が結婚するなんて許せないなんて言ってたのを思い出す。
 思いっきり同意か曖昧に回避。それが私の長年の対処法。

「殿下の御心に従うまでです」

 ヒロインと王子を見つめて緩む口元を隠すために扇を開いてから答える。弾んだ声も隠そうと力んだらうっかり声が震えてしまった。
 震え声をなんだか肯定的に受け止められてしまたのか令嬢が我が意を得たりと頷く。人は見たいように理解するので曖昧な回答は要注意。心にメモしておきます。

「そのように控えられる胸の内お察しいたします。身の程をわきまえない娘にわたくしは今一度はっきり立場を教えて差し上げたいと思っておりますの」

 不穏な発言が令嬢から飛び出す。教えてあげるって、いびっちゃうんだよね……? そんな令嬢をもう一度みれば、期待のこもる眼差しとぶつかってしまった。これは、集団行動大好きな女の子の一緒に来てほしいのお誘いだ。

「そのようなこと必要ありません」

 いびりのお仲間はごめんです。今度は曖昧ではなく、きっぱりお断りをする。
 ダンスが終われば告白イベントが発生して大団円。いびる計画は不発におわるのは分かっているけど気分が悪い。
 いびり令嬢から離れつつ、「キミエト」ファンとして愛の告白をより近くで見るためのに場所を移動することにする。この場所は人が多すぎるし、柱が近くて見づらい。
 会場を見渡せば、告白スチルで馴染みのある大階段をみつけた。少し手前にはテラスにつながる硝子ドアがあって人も少なく絶好のビューポイントだと思う。
 曲も終盤に差し掛かり、告白まで残された時間は少ない。私は早速移動を開始する。
 動き出すと頭を抱えたくなった。いびりたい令嬢が付いてくる。さらに、周辺にいた他の令嬢達まで一緒になってついてくる。断ったのになんでついてくるのですか! みなで一緒にいびり隊なの? 
 怒れる令嬢たちの迫力にダンスを見守っていた人垣が私の目の前でモーゼの海のようにきれいに割れていく。先陣をきってしまっている身として道を開ける人たちに怖がらせてすみません、本当にごめんなさいと謝りたい気持ちでいっぱいになる

 向かうテラスドアは外に夜の闇を背負って硝子が鏡のようにすべてを映していた。
 令嬢の先陣に立ち、こちらを見つめるのは紫の瞳。深い紺のドレスは周りの度の令嬢よりも高価なデザイン。そして、特徴的な長い縦ロールを高い位置で二つに結んでいる。思わず首を傾げれば、うつる女性も首をかしげる。

「キャロル様、いかがされたのですか?」

 困惑する私にいびりたい令嬢が問いかける。
 
  パズルのピースが嵌る感じで思い出す美都は私でキャロルも私。
 過去の美都として私が見るこの夢が今の小さなキャロルである私の未来の姿。
 それは、キャロル・アングラード。「君にエトワール」悪役令嬢。
 これが来るべき私の未来。 

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