2018年10月27日土曜日

一章十三話 決意 キャロル9歳 ★ 悪役令嬢はやめて、侯爵子息になります



 工房の中には3人の職人が並んで座っている。憮然とした表情の恰幅のいい一番年上の男性がサミー、下を向いて俯いている若い男性はヤニック、そっぽを向いた女性がマノンだ。なんだか雰囲気が剣呑だ。
 周囲を伺っておずおずと最初に口を開いたのはヤニックだ。

「はじめまして、キャロル様……。工房に選んでいただき、ありがとうございました。ヤニックと申します」

 ヤニックの言葉に気づいたように、マノンとサミーが慌てて続く。

「選んでいたき感謝します。サミーと申します」
「マノンです。とても嬉しかったです。ありがとうございます」

 私は頷いて、余裕をもって貴族らしい微笑みをうかべる。何事も最初が肝心。子供だからと下に見て相手にされないように、貴族の威光でしっかり補う。私の気分は今から少し悪役令嬢だ。

「はじめまして、私はアングラード・キャロル。アングラード当主よりこの工房の主に任じられました。工房にかかわる人事、方針すべて私が一任されているので覚えておいてくださいね」

 3人が居心地悪そうに姿勢を正す。私に対して自分たちの行動が居心地が悪いと感じてくれたならいい傾向だと思う。ここからはちょっと賭けだ。3人に会う前にジルとじぃじに聞いた三人の性格から考え付く一番の配置と楔をうつ。お父様、どうか私にアングラードの狸の力を貸してください!

「三人はうまくいってないのですか?」

 冷ややかに私は問いかける。マノンとサミーが顔を見合わせて、お互いの不満を呟きあう。ヤニックはまた俯いてしまった。それでも怒鳴りあいにならないのは、先ほどの挨拶で私が上位だと理解しているから。
 私は大げさにため息をついて、小首をかしげて見せる。

「3人の作品の個性を見て技術バランスが良いように採用しました。喧嘩ばかりで機能しないのであれば意味がありません。次点候補の3人組と入れ替えも検討が必要かしら?」

 マノンとサミーが口を開いたまま固まる。跳ねるように首を上げたヤニックは二人に非難の視線を向ける。連帯責任。ちょっと酷いかもしれないけど、まずは3人には連帯する意識、3人で協力して競う意識を持ってもらう。もちろん次点候補なんていないから、はったりだ。

「申し訳ありません、キャロル様。大丈夫です。我々3人でご満足いただけるものを作らせていただきます」

 サミーが宣言する。多分この中でも一番この工房に執着してくれるのはサミーだと思う。偏屈で批判ばかり、彼の腕前が前の工房で評価させなかった原因。長年勤めていた工房を意気揚々とやめてここに来た時、選ばれた僥倖に期待する未来の他に、新しい自分への理想はなかったか?

「わかりました。私も今日が工房にくるのが初めてです。即断はやめましょう」

 3人が一様にほっとする。マノンもサミーもまだ若いけど、新天地への希望があったはずだ。人は変わるのは難しい。それでも、未来のために変わろうと決意する時がある。胸の奥がチクリと痛む。

「今日は、三人に役割と行っていただきたいことを話します。まず、サミー。工房長に任じます」

 額をこすり付けるようにサミーが頭を下げる。その肩は僅かに震えている。やっぱりこの人は変わりたかった人だと思う。ここからは上げて、落として背中を押してあげる。

「年齢はこの工房で一番上なので妥当な判断でしょう。よく面倒をみて後進の育成につとめなさい。でも、私は貴方の作品はあまり好きではありません」

 はじかれる様に頭を上げる。その目には怒りが燃えている。頑張って、私が最後まで言い切るまで耐えて。そう願った瞬間、サミーの手にマノンが触れて、目の中の怒りが少し揺らぐ。

「でも、それは私の好みではないから。癖が強すぎるあなたの作品は好き嫌いがわかれる。とても好むものもいるという意見もあり、技術は3人の中で群を抜いています」

 サミーの肩から力が抜ける。あと一息。僅かに小指をマノンがサミーに重ねている。喧嘩ばかりしてもやはり親子だ。

「技術力の高いあなたから見れば、他の者の作品の悪いところは目につくでしょう。それを批判するのは簡単。そうね、批判だけなら技術のない私でも好き嫌いがいえるわ。
 あなたは工房長として果たすべきなのはその先です。目についたことに貴方の持てる技術を相手に伝えて、それを取り込む道筋を示すこと。新しいあなたを模索しなくてはいけない、できますか?」
 
 あなたは変われますか?私はまっすぐサミーを見つめる。サミーの目は自分の右手を見て、左手を見る。そして、最後に自分の指にふれるマノンの手をみて、顔をあげた。はっきりと決断をしたその目に私は安堵する。

「承ります、キャロル様」

 私は頷く。あと二人。二人はまだ若いから、私があまり多くを言う必要はない。これから経験の中で切磋琢磨していくべきだ。だだ、ヤニックにはもう少し自信をつけてもらいたいので、思いっきり褒めておこう。

「次にヤニック。貴方はデザインの監督をつとめなさい。技術力はサミーに劣るけど、貴方の作品はバランスがとてもよい。デザインについては間違いなくあなたが一番の評価でした。サミー、マノンも彼の意見は大事にとりいれなさい。若くて言葉に出しにくいなら、デザイン画をたくさん書いて他の二人に見せてあげてちょうだい」

 ヤニックが大きくうなずいた。ここは大きな声で返事が欲しいけど仕方ない。

「マノン。あなたは量産できる品の開発に力を注いでほしいの。選考に出してくれた作品に玉に穴が開いたものを作っていたわよね?小さい屑石で村の女性が手間仕事にできるように試作してちょうだい。貴方たち職人にしか作れない貴族向けの高級な品以外に、村の人たちの手でも作れる何かを私はつくりたいの」
「待ってください。私も貴族向けの品がつくりたいのです、キャロル様」

 叫ぶようにマノンが懇願する。希望を抱いてきたマノンにとっては厳しいスタートに感じるかもしれない。でも、我慢してもらう。私は彼女の作品が好きだけど、私以外からの評価は厳しいものだった。

「あなたのデザインは貴族に通用するには幼いと評価されました。二年、村の人たちが携われる仕事を作る事に取り組みなさい。その二年で、サミーの技術とヤニックのセンスを盗んでちょうだい。私は今回の作品の中であなたの作品が独創的で愛らしくて一番好きでしたわ。期待しているわ、マノン」

 決意を固めるもの。胸を張るもの。拳を握りしめるもの。三者三様の反応の中で私は次回までに、サミーには男性向けの品を、ヤニックには女性向けの品を、マノンには新しいアイデアを形にするように命じる。
 新しい環境の中で、次に訪れるときに彼らが新しい未来に向けて一歩を踏み出していることを願って私は工房を後にした。
 屋敷に戻るために領主の館に戻る。ジルに抱かれてとりあえず一安心。慣れないことをしたせいで、精神的にすごく疲れた。帰ったらマリーゼもよんでジルと二人で思いっきり褒めて甘やかしてもらうことにしよう。

「キャロル様、なかなか面白い展開でした。工房のと貴方様の活躍をたのしみに致しましょう」

 そういって、じいじが私の頭を撫でて、慌てて「失礼」と謝罪した。小さい子供だと、つい撫でたくなるという。満足げな顔で笑う様子に、なんだか私試されていた気がしてならない。

「また、近いうちにいらっしゃいますか?」
「はい。一週間ぐらいしたら、また顔を出すつもりです」
「では、心よりお待ちしております」
「はい。ごきげんよう、じいじ、クララ、オレノ」

 私はそう言って3人に手を振って、隠し通路に入った。元気に手を振ってくれるクララ、一拍遅れて手をふるオレノ、満面の笑みで手をふるじいじ。ワンデリアに受け入れてもらえそうなことがとてもうれしい。

 ワンデリアから帰宅するとなぜか書斎にお父様がいた。職人の話を報告して、オレノの息子に会ったことを報告する。

「あぁ、ツゥールか。珍しいな村に帰ってきたか」
「はい。ご存知ですか?坊主頭で粋な感じの方でした」
「変わっていただろ? オレノの次男で石が好きであちらこちらを旅して歩いてる」

 確かにあの村の中で少し空気の違う存在だ。同じものを着ているのにお洒落で行動もあか抜けている。石が好きなら今度はもう少し色々話をしてみたい。

「そういえば、お父様は今日はお早いのですね?」
「……今日は来客があってね。キャロルは午後はお部屋にいなさい。新しい本を買ってきたから読むといいよ」

 お父様のいつもの笑顔。でも、来客の言葉に私の体温がぐんぐん下がっていく。お父様に挨拶をして部屋をでると、ジルに誰が来るのか調べてくるようにお願いした。
 一人部屋に戻り、鏡を見る。鏡の中にうつるのは銀色の髪に紫の瞳をした少女だ。小さいけれど「キミエト」に出てきた悪役令嬢の面影がしっかりとある。でも、額をみればゲームになかった傷ある。ゲームとは異なることがあるんだという私の希望。
 前世を思い出してできる限りのことはしてきたはずだ。パラメーターの数字がみられるならきっと誰よりも高い自信がある。私の未来は絶対に変えられる。

 でも、本当に?

 マリーゼの書いた悪役令嬢のドレス、今日のワンデリアでの私、おばあ様の登場。悪役令嬢のシナリオを彷彿させる影に私はずっと怯えてる。頑張った結果が私をキャロル・アングラードを悪役令嬢から解放してくれる保証なんてどこにもない。
 今日訪れるお客様がおばあ様なら今度こそ私はお母様を失うかもしれない。失ってから私の努力が届かなかったと嘆いても遅い。
 もう後悔しない。絶対にみんなを笑顔に幸せにする。頑張る。前世を思い出したあの日に朦朧とする意識の中で私は宣言したんだ。必要なものは今ここにある。あとは全部いらない。切り捨てるのはほんの少し未来にあった小さな憧れ。でも、もういらない。

 ノックの音がしてジルが戻る。その表情に私は誰が来るのかを理解する。

「おばあ様がいらっしゃるのですね?」
「はい。もう少しでお着きになるそうです。今、旦那様と奥さまが本邸へ向かわれました」

 私は決意を固める。時間は残されていない。余計な情報を与える前に私は動く。

「ジル。マリーゼにちょっとしたサプライズのお願いをしてあるのです。その荷物を取ってきていただけますか?」

 私の言葉に、ジルは部屋を出てマリーゼの下に向かった。足音が遠ざかるのを確認して私は引き出しからはさみを取り出す。
 鏡に向かって、マリーゼが笑顔で整えてくれた髪を解く。銀の髪に口づけをしてから、耳の下にハサミをあてた。目をつぶって、嫌な音を聞きながら少しずつハサミの刃を動かす。髪を切る音とともに長い髪が床に落ちる音がする。涙が落ちる音は聞こえない。未練が落ちる音だけだ。
 反対側までハサミが周ると私はようやく目をひらいた。不格好で長さの揃っていない髪に思わず笑いが零れる。足元に落ちた一総の髪を編んでいく。
 そうしているうちに軽やかに廊下を駆ける足音が聞こえる。ジルの足音だ。

「お嬢様、おやめください!」

 やっぱりジルは気づくんだよね。マリーゼの用意した荷物をみたら直ぐに来てくれると思ってた。振り向くと、扉の前でジルが間に合わなかったことに立ちすくむ。私は笑って見せる。

「ジル、何があっても私についてきてくれますか?」
「ついていきます。でも、このようなことは、おやめください」

 私の側に来て、はさみをそっと取り上げる。床に落ちた髪の束を拾おうとしたジルの手を私の手が止める。

「ジル。私、やめません。私はこれから自分の大切なものを守るために全力をつくします。その為に、キャロルの名は捨てます。キャロルでなくなっても私の側についてきてください。私を助けて下さい」

 決意を固めて頷いてくれるジル。一総編んだ髪の毛ををジルの左手首に巻き付ける。騎士が主が忠誠を誓うときに左手にタイや腕輪を下だす。髪の一総は女主人が最も信頼する者に下すもの。

 ドアの前で箱が落ちる音がして振り返ると、泣きそうな顔でマリーゼが立っていた。
 
「お嬢様!どうして、このような……」
 
 ごめんね。マリーゼ。マリーゼは私を着飾るのが大好きだ。一生懸命用意してくれたデザインノートも無駄になってしまう。

「マリーゼ。助けて下さい。私を男の子にしてください」
「どうしてですか? マリーゼにはわかりません。可愛いらしいお嬢様がこのように髪を切って男の子にしてくださいなど、どうしておっしゃるのです?」

 マリーゼが私の側に来て、抱きしめてくれる。私はマリーゼを抱きしめ返す。もしかしたら、マリーゼはお母様よりアングラード侯爵令嬢として私を表に出す日を楽しみにしていてくれたかもしれない。

「私の未来のためにです。お願い、マリーゼ」

 マリーゼは分かってくれるはず。お母様付き侍女のアリアを母に持つマリーゼは私よりもおばあ様とお母様の状況をよく知っているはずだ。暫くマリーゼがいつも私にしてくれているのと同じように、私はマリーゼの背中を撫でる。真っ赤な目で顔を上げたマリーゼはふっと微笑んだ。

「お任せくださいお嬢様。この国で一番の貴公子にさせていただきます」

 さあ、私の奥の手をはじめるよ。「悪役令嬢喪消失計画」。シナリオの好きなようにはさせない。


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